第72話 鈍感な息子

「今は止めておけって、誤解されたままじゃ不味いだろう?」


「気持ちは分かるけどさ、お前が電話かけてもりおんは電話に出ねえんだろう?」


「そ、そうだけど」


「アタシが想像するに、また振出しに戻ったんだよ。おそらくあの娘の母親は、お前をまた拒絶するね」


「そ、そんな」


「だからさ、今からお前んちに姉小路雪子様が言って作戦を考えてやるよ」


「い、いいのか? ていうかお前何の用で電話してきたの?」

 姉小路は詰まった。


「べ、別に元気かなって電話しただけだ。悪いか?」


「いや、そんな事ないよ。いつも僕みたいな奴の事を気に掛けてくれて本当に感謝してる」



「バカ! なに改まってそんな恥ずかしいこと……」


「(笑)なんて言えばいいんだよ。まあ、とにかくりおんちゃんには電話をしたって履歴は残ったと思う。姉小路の作戦を聞いてからでも遅くない」


「そ、そうか? じゃあお前の家に行ってもいいんだな?」


「ああ、母さんがいるけど構わないか?」


「キャー! 伝説の『美魔女』に逢えるんだ! いろいろ聞きたいことあるからモチ会いたいくらい! アタシももう三十じゃん? どうやって若さを保つかとかめっちゃ気になるじゃん」


「一応言っておくけど、母さん、その『美魔女』って言われ方嫌いだから気を付けてくれよ」

「あちゃー、ごめんごめん。それは言わないから」


「まあいいよ。僕んちわかるよな?」


「当たり前よ。地元だもん。一時間で着くから。あ、お母さんどこかに行かさないでね!」


「あっ、」

 と僕が言いかけた刹那、姉小路は一方的に電話を切ってしまった。


 僕はまた一階に戻って、姉小路がここに来ることを母さんに告げた。


「姉小路さんって、あの華道の……? あんたが中学の時に結構不良だった子よね?」


「母さん、そんな言い方しないでくれ。姉小路にもいろいろあったんだ」


「ごめん、お母さん、悪かったわ」


「いいんだ。僕が名古屋に転校する前に、姉小路が兄さんと似た境遇だなって話したことがあったんだ」


「透に似てる?」


「大人の偏見で押しつぶされた兄さんと姉小路も同じだ」

 母さんは黙って頷いた。


「その姉小路さんとあんたは、転校してもずっとつながりがあったってことなの?」


「いや、偶然再会した」


「なんだかドラマチックじゃない? どこで会ったの?」

 答えるのに躊躇したが、思い切って話すことにした。

 多分母さんは僕の味方をしてくれると思ったからだ。


「東堂さんは、僕の取引先の購買部長の姪っ子さんなんだけど、彼女はキャバクラで働いているんだ」

 思い切って言ったけど、母さんの反応は薄くてどうしていいかわからなくなった。


「お母さん、急に東堂さんの話に戻ってもう混乱してるんだけど(笑)。でも、ついていけるように頑張って聞くから続けて」

 母さんは理解するのに時間がかかる、と言っているんだな。


「そこで姉小路も働いていた、そういう事なんだ」


「あら、アンタも隅に置けないわね。でも、アンタってそういう所あまり好きじゃないでしょ? どうしてまた」


「今の上司がキャバクラしか行かないんだよ」

 ちょっと誇張かもしれないけど、ほぼ本当のことだし。


「でもアンタはそこで東堂さんと出会ってしまった。姉小路さんとも再会してしまった。それでどっちにするか悩んでいると……」


「なんでそういう話になるんだよ!(笑) 全然違うし」


「でも、お母さんはちょっと違う想像をしているわよ」

 

「え、どういうこと?」


「ごめん、今はいう事じゃないわね」

 

「なんだよ、言いかけて止めるなんて気持ち悪いな。あと、『そういう所』って言い方、それは母さんの偏見だよ」


「そうね、その言い方も撤回するわ。ごめんなさい。あなたがまともな感覚を持っていて、お母さん嬉しい」


「そんなんじゃないけど。ともかく、東堂さんの家に行って釈明しようと思ったんだけど、姉小路は止めておけって。それで作戦を二人で考えることにしたんだ。あ、母さんに挨拶したいって言ってたよ」

 母さんは、僕のことを少し気の毒に、というような顔をしていた。

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