第57話 作戦会議
東堂さんのお母さんからストーカー扱いされて、「堕天使」の店長と話をしたあの日からすでに2ヶ月が経っていた。
鬱々とした長雨が降る6月の月末。
あの日以来、東堂さんは岩田電産も堕天使も休んでいる。
吉永部長からは、
「暁子は休職扱いになっている」
と聞いた。
いわゆる「五月病」で休職したり、退職した新入社員が何人かいて、東堂さんもそのうちの一人とカウントされているのだそうだ。
吉永部長は東堂さんとお母さんの間に何があったかは知らないようだ。
ぼくは、思い切ってこの話をするべきかどうかずっと悩んでいた。
ぼくも「堕天使」には、あの日以来足を向けていない。
店長から何か新しい知らせがないか、毎日待っていた。
昼食を社員食堂で久しぶりに水野と結衣香の三人で取っていると、結衣香が聞きにくそうではあるが、
「先輩、あの後ずっとりおんちゃんには会えずにいるんですか?」
と聞いてきた。
「ああ、そうだよ」
「どうにか……ならないんですかね?」
「『堕天使』の店長が東堂さんのお母さんを何とか説得する、って言ってるからそれを信じて待つしか今はないんだ」
水野が割り込んでくる。
「その東堂さんって子は、岩田電産の吉永部長の姪っ子さんなんだろう? 部長経由で何とかできないのか?」
「吉永部長はぼくと東堂さんが付き合っていることを知らないんだ。何かを頼めるような状況じゃないんだよ」
「でも、試してみる価値はあるんじゃないですか? 先輩?」
「パイセン、何を悩んでるんです?」
いきなり食事を乗せたトレーをもって立花美瑠までやってきた。
「おい、美瑠。パイセンとか呼ぶのやめろ」
「はーい。結衣香先輩。で、で、どうなんですか? りおんちゃんとは」
「どうもこうも。今は母親に軟禁されて職場にも『堕天使』にも出勤してないんだ。携帯も取り上げられて、あの日の次の日以来話していない」
美瑠は、ぼくの顔をまじまじと覗き込んで、深く深呼吸してから言った。
「先輩、何のための彼氏ですか? いま、りおんちゃんは尾上先輩が救い出してくれるのを絶対待ってますって!」
あ、ひょっとしてぼくは、本当に大事なことを忘れていたんじゃないか?
立花美瑠の言っていることは簡単なことではないけど、ぼくは東堂さんのお母さんの事ばかりで、東堂さんがどんな気持ちでいるか考えるのをやめしまっていたんじゃないか!
「美瑠、先輩はりおんちゃんのお母さんから『次に来たらストーカーとして告発する』って脅されているんだぞ? そんな簡単に言うな!」
「いいんだ、結衣香。立花さん、ありがとう。ぼくはそう脅されて思考停止していた。確かに東堂さんは僕のことを待っていると思う」
「そうですよ。先輩。私もそう思う。やれるだけのことはやったほうが後悔しなくて済みますって!」
しかし、水野は、
「でも、ヘタをうつと悟は本当に警察から何かしらのリアクションを取られるかもしれないし、少し冷静になれよ」
という。
「水野の言い分も正しい。おそらく感情に任せて無茶なことをすれば間違いなく岩田電産にも悪影響が出るだろうな。だからこそ『堕天使』の店長のことを信じたいんだけどな……」
「店長さんって、なんでそんな約束を先輩としたんですか?」
「ぼくにもちょっとわからない。その時に初めてしゃべったんだけど、あの人はちょっといろいろ訳ありな人みたいな感じを受けたんだ」
「訳ありってなんですか? 尾上先輩」
「どうやら店長は東堂さんのお母さんとはすでにやり取りをしたあとだったよう。あの店で働くことになった時、お母さんがものすごく反対して店まで電話でかち込んだって話だったし、その時にお母さんと何か約束事をしたのかもしれないっていうのがぼくの予想なんだ」
「とにかく、今晩行ってみましょうよ!」
結衣香がそう提案した。
「私も行きますよ!
「オレも行っていいかな?」
水野まで?
まあ、いいか。みんなぼくと東堂さんのことを心配してくれている。
本当にありがたい。
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