第47話 涼子からの電話

「つくづく思うんですよ」


 駅近くにあるファストファッションのお店に二人で歩いて向かっている途中で、東堂さんは僕に問いかけるように言った。


「どんな事?」


「タイミングって大事だなって」


「どうしてそんな風に思うの?」


「私、ずっと悟さんが好きだったって言ったじゃないですか」


「うん。正直びっくりしたよ」


「叔父の会社に採用されれば、きっと悟さんに会えるんじゃないかとは期待してたんですけど、私の一方的な想いだったし、会えたとして悟さんにはきっと素敵な相手が居たって不思議はないわけで……」


「涼子に棄てられてからずっとぼくは一人だったけどね」


「でも、昨日お会いした結衣香さんでしたっけ? 結衣香さんにもずっと想われてたんですよね。結衣香さんが先に悟さんに告白していたとしたら、こんな風に私は悟さんの隣を歩いていなかったかも」

 

「結衣香のことは、恥ずかしながら全く気が付いてなくてさ。どうしても結衣香が新人のころから面倒を見てきたからそういう風に思われてたなんて思いもしなかったんだよ」


「そういう鈍感なところは嫌いじゃないですけど……私が結衣香さんだったら、悲しいと思います」


 本当にその通りだ。


 ぼくは鈍感で、人の気持ちの機微をちゃんとキャッチできない。


 結衣香を傷つけることになってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「でも、私は悟さんに選んでもらったんですよね?」


 東堂さん、いつになく真剣なまなざしでぼくを見つめている。


「選んだなんて。ぼくが曉子さんを好きになったんだ」


「うれしい。これもタイミングですよね」


 ぼくは頷いた。


 ファストファッションの店に着いた東堂さんは、「恥ずかしいから待っててください」と言って僕を店の外に待たせて中に入っていった。


 まあ、いくら付き合っているからと言って、女性の下着を一緒に買うのも変だし。


 夜風がすこし寒くなってきた。もうすぐ5月だというのに。


 手持無沙汰のぼくは、片手をズボンのポケットに突っ込んで、もう片方の手でスマートフォンをポケットから取り出して、プロ野球のストリーミングを見ることにした。


 贔屓のチームは残念ながら大差で負けていたから一気に見る気が失せてしまった。


 まあいいか、と思いながらスマートフォンを再びポケットにしまおうとした刹那、着信があった。


《井上涼子》

 の表示があった。


 えっ? どうして?


 涼子はなんでまた僕に電話なんて寄越してくるんだろう?


 仕方なくぼくは通話のボタンを押した。 


「もしもし」


「あー、ごめんねー。悟」


「どうかしたの?」


「うーん、どうもしない」


「じゃあなんで。切っていいかな」


「そんなに冷たくしないでよ。今日久々に悟を見かけてちょっと話したくなっただけよ」


「なんで涼子はそんなに自由なんだよ。あの時ぼくがどんな気持ちだったか……」


「ごめんごめん、私、悟を結果として傷つけたよね。本当に悪かったと思ってる」


「もういいよ。そういうのは」


「そんなこと言わないで。私も本当に申し訳ないなってずっと思ってた。償いを……させて欲しい」


「もういいって言ってるだろ? ぼくはもう君にことは忘れることにしてたのに。この番号を消さなかったことを本当に後悔してるよ」


 僕の心はいきなりの電話でささくれ立った。


 もう、やめてくれ。ぼくには大切な人ができたんだ。


「申し訳ないけど、もう電話してこないでくれ」


「あの子と……一緒なのね?」


「どうだっていいだろ?」


「あの子に悟はもったいないわ」


 なんで涼子の奴、そんな勝手なことをいうんだろう。


「そんなこと言うなら、あの時僕のことをもっと大事にしてくれれば良かったんじゃないの?」


 少し声が大きくなった。


 気が付くと、東堂さんが紙袋を携えて僕の前に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る