元カノ。
第42話 ふーん。
「悟さん、どうしたんですか?」
僕の不審な挙動を察知して、東堂さんが振り返った。
さてと。
こういう場合、順番を間違えたら大変だ。
どうする? 先に涼子――元カノの名前だが――に振り向くか。
それとも、東堂さんに振り向くか。
幸い僕はまだ涼子の声に一切反応をしていない。気が付いていないふりをしたら、案外諦めてくれるかも。
「なにが?」
ぼくはすっとぼけて東堂さんに反応することにした。
「え、なんか悟さんの様子がちょっと」
しかしそれほど涼子は甘くなかった。
「ええ、そうよ。悟を私が呼び止めたから」
そういいながら涼子は何の遠慮もなく僕たちの会話に入り込んできた。
ぼくはゆっくりと涼子の方に向きを変えた。
「
「り、涼子」
なんだか勝ち誇ったような顔でこちらを見ている涼子。
「悟さん、この方は?」
東堂さんになんと説明しようか、わずかな時間だが頭の中で逡巡していると、
「なんて言えばいいかしら? 五年前に少しの間同棲していたのよ。私たち」
と、涼子はあっけらかんと言った。
東堂さんは、いつもの柔和な表情を崩さず、一言言い放った。
「ああ、あなたが悟さんとほかの人を天秤にかけていた元彼女さんですか」
不意を突かれて驚いたのは、涼子だけではなく僕もそうだった。
「ふーん」
涼子は苦笑いをして一言そう言って僕たちから去っていった。
「曉子……さん」
「なんですか? 悟さん」
「買い物はもういいの?」
「ええ、大丈夫ですよ。もうこのブランドは卒業でいいかな」
「そ、そんな。本当にいいんですか? なにか怒ってますよね?」
「怒ってないですよ」
そういう東堂さんは僕に視線を合わせない。
涼子に目を遣ると、彼女は店を出ていこうとする僕たちを遠巻きに睨んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さ、さっきは本当にごめん」
「何がですか?」
僕たちは吉永部長への誕生日プレゼントを選びに男性ファッションのフロアに移動していた。
「その、元カノにいきなり遭遇して、パニクってしまったから」
ぺちん!
と小気味のよい音があたりに響いた。
僕が勘違いして財布を持たずに「堕天使」から飛び出したあの夜のように、東堂さんはまた両手で僕の頬を挟んでいる。
「悟さん。何を怖がっているんですか? 私のこと、もっと信じてください。元彼女さんに出会ったからといって、悟さんの今の彼女の私は動揺なんていちいちしていられません!」
その通りだ。よくわからない僕の深層心理に黒歴史を隠してなかったことにしたいという気持ちがあることには抗えなかった、それだけなんだ。
「悟さんがそういう風に動揺していると、まだ何か未練があるように思えてしまって……そっちの方が心配ですよ」
ぼくは、東堂さんの手をとって、ぼくの頬からゆっくりと離した。
「未練なんてないよ。ただ単に僕の中で彼女は『恐怖』なんだ。まさかこんなところでかち合うなんて思いもしなかった。それで曉子さんと一緒に居るところを見られて悪いことがなければいいなと思ってしまったんだ」
「そんなこと」
「いや、涼子はそういうタイプの女性なんだ。自我が強くて独占欲も強いし、ちょっと予想外の行動に出てきてもおかしくはないんだ」
東堂さんは僕のその話を聞いてまさかそんな、という顔をした。
そして、いつもの笑顔に戻って言った。
「その時は悟さん、私も一緒です。一緒にやっつけましょうね!」
ぼくはなんだか情けないなと思いながらも、
「ぼくが曉子さんを守ります。ぼくはあなたに出会って自分でそう誓ったんです」
一瞬で東堂さんの顔が赤くなった。
「はい。周りの人が聞いていて恥ずかしいですけど、信じてます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます