第32話 あすか先生

「ボクは、先輩はこういうところがだめだと思うんですよ。駄目じゃないですか。はっきりさせないとりおんちゃんかわいそう」


 難しい顔をしているりおんちゃんを見かねてか、結衣香は僕に非難めいたことを言った。


「結衣香さん、そんなことないですよ。確かに悟さんには『付き合って』とか直接的な表現で言われてないけど、その……」


「その、なあに?」


 興味津々な立花美瑠が合いの手を入れる。


「昨晩、言ってくれそうになったんですけど私が『待って』って言っちゃったんですよね」


 電話の内容、こいつらに言っちゃったよ、りおんちゃん。

 出来れば一刺しで誰かに殺してほしいくらい恥ずかしいです。


「先ぱーい! やりますね! 男ですね!」


 結衣香に背中をバンバン叩かれた。


 今朝、あんなことがあったのに、こいつなりに吹っ切ったんだろうか。


「パイセン、隅に置けねー」


 おいおい、立花は僕のことを『パイセン』呼ばわりし始めやがった。


「おい立花、『パイセン』とか呼ぶな。いつかシメるぞ?」


 結衣香がきつく立花を睨んだ。


「結衣香そんなにきつく言わなくてもいいよ」


「先輩、ダメっすよ。僕は上下関係には厳しいんだ」

 

 クレアが口をはさむ。


「お、結衣香ちゃんなかなか見どころあるじゃん?」


 そういえば沙織が今までのやり取りを聞いていて黙っているのが不気味だった。


 僕がちらっと沙織を見ると、沙織は真島課長に枝垂れかかっていた。


(まさかとは思うけど、昨日の真島課長の一言でコロッと課長に惚れたってことか?)


 僕がりおんちゃんにアイコンタクトをすると、その目が肯定していた。


 沙織は惚れやすいんだな……もちろん、ぼくにとっては助かるけど。


 真島課長とは競馬の話で盛り上がれるらしいし、意外とこの二人相性いいんじゃないかな?


 そしてあすか嬢はといえば、通常運転中だ。

 一人黙々と飲み物を飲んでいる。

 会話に積極的に入るわけでもなく、しかしそれでいて凛とした佇まいだ。


「あすかさん、あすかさんはこのお仕事以外は何かしているの?」


 話題を変えたかったのもあるけど、思わず僕は思っていることをあすかさんに聞いてしまった。


「私、小説家希望でここではキャバクラ嬢の体験をしているんですよ。Web小説の投稿サイトでちょっと書いてる」


 かなり斜め上の答えだった。


「えええ、まじで? あすか、どんな小説書いてるの?」


 沙織すら知らなかったらしい。


「まあR-18 指定とだけ」


 おいおい、なんだかすごい話になったな。

 あすかさんのR-18 ってどんな話なんだろう。


「へー、私Webでよく読むよ? 今度読んでみたいな。おねえさんのペンネーム教えてよ」


 立花があすかに食いついた。


ほむら しおりっていうんだけど」


 それを聞くなり立花はいきなり立ち上がった。


「えええ! あの焔 栞さんなの? あすかさんが? 本当に? ウソ! まじで?」

 

「そうよ」


「私マジでファンなんです! 何度か感想も送ってるんだけど、丁寧に返信くれてちょううれしくて! マジ尊敬しています! 握手してもらってもいいですか?」


 こういうつながり方をすることってあるんだな。


 そのあと。立花からあすかが書いたという「百合の珠玉の作品」について20分くらい一人で話されたけど、あすかがわずかに頬を紅潮させて嬉しそうに聞いていたけど僕らはちょっと内容についていけなかった。


「おい、美瑠。お前いい感じで腐ってんのな」


「そうですよ! だから私と付き合ってくださいよう! 結衣香先輩!」


 これで立花が僕をハメた大体の背景が分かった。


 まったく現実と創作の区別がつかないほどにあすかさんの小説に入れ込んでいたわけか。


「やだよ。私はストレートだし」


「でもー」


 そんなこんなで時間は過ぎてお開きにする時間が来た。


「あすかさん、いえ、焔先生! もしよかったら……その……連絡先を教えてもらってもいいですか?」


「ええ、喜んで」


 二人はLINEのアカウントのやり取りをしててるようだった。


「じゃあ、これでお開きにするか。じゃあお会計ね」


 と、真島課長。


「僕のおごり、なんですよね?」


「冗談だよ。俺が今日は持つ」


 助かった。何しろたった2日で6万円散財したんだった。


 真島課長が支払いをしている間、りおんちゃんが僕のスーツの袖を引っ張ってきた。


「あの、よかったらアフターしてもらえませんか?」


 僕は、黙ってうなずいだ。

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