第22話 深夜の電話

 真島課長と別れて、自宅に着いたのは二時を回ったところだった。


 連日の酒代とタクシー代はかなり痛い。


 シャワーを浴びて髪の毛を乾かしていると、携帯電話にショートメールの着信音がした。


 こんな時間に誰だろう。もしかして⁉︎


 自分の部屋のベッドの上に放り投げたスマートフォンを拾い上げると、ロック画面には「SMS 東堂暁子」と表示があった。


 やった!


 僕はちょっと小躍りしていたかもしれない。


「まだ、起きていらっしゃったら、今から電話してもいいですか?」


 そういえば東堂さん、見送りの時に小声で電話したいって言ってたよな。


 姉小路の一件でその事がすっかり飛んでしまっていた。いかんいかん。 

 僕はすかさずショートメールを返した。


「遅いけど、僕は大丈夫ですよ」


 送信っと。


 すると、間髪入れず着信があった。


「もしもし、東堂さん?」


「はい。悟さん、こんな時間にごめんなさい。でも」


 うわ。

 本当に「悟さん」って呼んでくれたよ。

 なんだかじわっと来た。


「大丈夫だよ。でも明日二人とも寝坊しない様にしないとね」


 東堂さんはそうですね、と笑った。


「なんだかクレアさんの事は驚いちゃって」


「一応だけど、誤解だって事は分かってくれているよね?」


「はい、分かってますよ。クレアさん、あの頃悟さんに凄く共感していたみたいですね。お兄さんの話、聞いてしまいました」


「姉小路の家は厳しい家なんだ。とても出来の良いお嬢さんって感じだったのに、いつからかあいつ、半グレみたいな奴らと連み始めてさ」


「そのあと名古屋に転校したんですね。受験とか大変じゃなかったですか?」


「やっぱり先生たちも突然三年生から転校してきた奴に良い内申はあげられないみたいで。だから中堅どころの県立高校に進んだんだ」


「そうなんですね。でも、神国大に現役合格って凄いです」


「僕は取り柄はあまりないから、勉強だけは頑張ったかもね。東堂さんだって慶法なんだし、凄いよ」

 

「三年間、勉強漬けだったとか、ですか?」


「そうだね、部活はESSに入ってた。英語には興味があったんだ」


「さすが! じゃあ英語はペラペラとか?」


「流石にそんなのじゃないけど、旅行に行ったらあまり困ることはないかも」


「知らなかった! 悟さん英語できるんですね!」


「そんな、大したことは……」


「すごいですよ。私なんて読み書きしかできないから尊敬しちゃうな」


「そんなに褒められるとなんか照れるよ」


「それに、スーツやネクタイもセンス良いですよね、悟さんって」


 あれっ、これってもしかして……


「東堂さん、誰かに『さしすせそ』を吹き込まれたでしょ?」


 東堂さんはいきなり無言になった。


 電話の向こうで東堂さんのびっくりした顔が浮かぶ様だった。


「一応、最後まで言ってみる? 男を褒める『さしすせそ』って言うんだよね? 今の会話」


「そ、そ、そうなんだー!」


 東堂さんもなかなかノリが良くて、僕は爆笑してしまった。


「わ、笑わないでください。クレアさんにどうやったら上手く悟さんと楽しく会話出来るか相談したんです。そしたら……」


「そんな事、気にしなくていいよ。僕は素の東堂さんの方がいいんだ」


「そうですか。ごめんなさい、勝手に五年前から好きだったとか、なんか重い女ですよね」


 それは違うよ。男としてみればこんなに嬉しいことはないんじゃないかと思う。


「僕こそ真島さんの腰巾着みたいで情けなくてごめん」


「……」


 あれ、東堂さん、突然無口になった。


「……私たち、なんなんでしょうか?」


 え? そこに疑問持っちゃったの?


「それってどういう……」


「だから、私悟さんから直に気持ち聞いてなくて……その……」


 あああ! 真島さんから僕の好意を勝手に伝えられて僕自身東堂さんに何も言ってないじゃないか。

 そう、アーチーズで思いの丈を東堂さんにぶつけるはずだったんだ。


「ご、こめん。ちゃんと言うよ」


「いや、待って! 言わないで!」


 ええええ!? どっちなの?


「ごめんなさい。古いかもしれないけど、ちゃんと会って話したいです。今週の土曜日、もし時間があったら会ってくれませんか?」

 

 ぼくには「会わない」という選択肢はない。

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