第40話
40 ゼロか無限大か
部下たちの戦いの様子を高みで見物し、一切の手を出さなかったセブンオーセブン。
勝敗が決すると、椅子に脚を組んだまま拍手を送った。
「ふむぅ。まさか我輩の部下たちを倒してしまうとは、予想だにしていなくもなかったことだ。
その奮闘に敬意を表し、ロック君の名を特別に、我輩のセマァペディアに登録してあげよう。
無論、死亡したホームレスのカテゴリだがね。
さて、アンコールもすんだことだし、そろそろカーテンコールといこうではないか」
そして、ふたたび席を立ち上がる。
革靴の音どころか、衣ずれひとつたてず、悠然とロックとワットの元へと歩いていく。
ワットは用心深く身構えたが、ロックは口についた血を手の甲で拭うなり、その手を拳に変えて殴り掛かっていった。
「ならこのおれが、幕を下ろしてやるよっ!」
獲物に襲い掛かるオオカミのような、大胆なワンステップによる急襲。
その人間離れした跳躍力で一気に距離を詰め、ワンパンで相手を沈めるのがロックの得意技だった。
しかし今はヒザを負傷しているので、その速さにも翳りが見える。
「まるで手負いの獣だな。我輩に言わせれば、死にかけの野良犬ともいえなくもない」
ロックの拳が鼻先に迫っているというのに、構えすら取らないセブンオーセブン。
しかし瞬きほどの一瞬で、ロックのアゴは、セブンオーセブンのステッキの柄によって突き上げられていた。
「ぐはあっ!?」
ロックは強烈なアッパーカットをくらったように宙に浮き上がり、空中できりもみしながら弧を描く。
叩きつけられ、引きずられたような血の跡を残しながら床を転がっていった。
セブンオーセブンは見えない赤い糸で相手を縛り付けたように、ロックをロックオンする。
しかしその糸を断ち切るかのように、間にワットが割って入る。
ワットは背後のロックには目もくれず、値踏みするような瞳でセブンオーセブンを見ていた。
「あなたのお相手はこちらですよ」といわんばかりの表情で。
「裏社会最強いわれたスパイ、その中でも選りすぐりのスパイが選抜されるという、世界スパイランキング。
その1位の座に君臨し続けてきた伝説のスパイ、セブンオーセブンさん。
マウント・プレザント空軍基地で、
当時はみなさん感謝されていたようですね。アルゼンチンとの情勢がさらに不安定になり、仕事が増えたと」
「ふむぅ。そういうキミも、おこぼれにあずかったのではないのかね?」
「はい。あの時は裏社会でもいっそうケガ人が増えましたからね。
医者の看板を掲げてさえいれば、どの組織に組みしなくても命を狙われることはありませんでした」
「キミはいつも無難で賢明な判断をする。
ならばもう、わかっていなくもなくもないだろう? この我輩には勝てないことを」
「はい。勝率はコンマ0以下でしょうね。
0の出目しかないルーレットにベットするようなものです。
でもあの当時と違って、今のわたくしはひとりではありませんから」
「0同然の人間がふたり集まったところで、00になるだけではないのかね?」
「ふつうの人間ならそうでしょうね。
でもロックは00を∞だと言い張って、カジノの金庫ごとかっさらうような人間ですから」
ワットの後ろで、「ぐはっ……!」と血を吐きながら起き上がるロック。
ワットは、ロックを助け起こしに行けば、ふたりまとめてやられてしまうと判断していた。
だからこそセブンオーセブンの前に立ちはだかり、ロックが自力で立ち上がれるようになるまでの時間を稼いでいたのだ。
しかしそれすらも、セブンオーセブンはお見通しだった。
「ふむぅ。なかなかユニークな少年のようだね。
ずっと一匹狼だったキミがそうやって、身体を張ってまで守りたくなるのもわからなくもない」
ロックは身体を引きずるようにして、ワットの隣に立つ。
「チクショウ、こんなにいいのもらっちまったの、久々だぜ……。まだ頭がクラクラしてやがる」
「セブンオーセブンさんは棍棒による戦闘術、クォータースタッフの達人です。
いくらロックでも、1対1での戦いでは勝ち目はありません。ここはひとつ、ふたりで……」
「へっ! おれはタイマンじゃ、一度も負けたことはねぇんだよっ!」
舌の根も乾かないうちに、ふたたび火が付いたように走り出すロック。
その姿はまさしく、トップ以外のギアもブレーキもない暴走トラックのようだった。
ワットはカーブで振り落とされた運転手のような表情になるが、止める間も呆れる間もなく、後を追わざるをえない。
抜きっぱなしだった銃を構えるワット。
しかしワットは、セブンオーセブンには銃が通用しないことを知っていた。
それでもセブンオーセブンがロックとの戦いに集中していれば、わずかなスキができるかもしれない。
その一縷の望みに賭けるつもりだったが、肩をやられていたので手が震え、狙いが思うように定まらなかった。
このままではロックの背中を撃ってしまうことを心配したワットは、愛用の傘に持ち替える。
「傘を武器にするなんて、誰かさんみたいで気が進みませんが……仕方ありませんね」
挑みかかっていくロックと、街角でひと休みしているような姿勢でパイプをふかすセブンオーセブン。
ワットはその側面に回り込むようにして、フェンシングばりの鋭い突きを放つ。
それは疾風のような一撃だったが、軽々としたステッキさばきによって弾かれてしまった。
セブンオーセブンは、ステッキをバトンのように手の内でスピンさせて構えなおすと、電光石火の連続突きを繰り出す。
それは目にも止まらぬ速さで、散弾銃の弾丸のようにふたりの身体をハチの巣にする。
ロックの眉間、ワットのみぞおち、ロックの右肩、ワットの左肩、ロックの右脚、ワットの左足。
ふたりは倒れることも許されず、立ったまま踊るように打ちのめされた。
「シャル・ウィー・ダンスっ! ふたりとも、なかなか悪くもなくもないステップだ!」
血に染まっていくロックとワット。
セブンオーセブンはふたりに背を向け、スーツの背中の切れ込みが翻るほどに、身体をぐるんと大きく一回転させる。
振り向きざまに、テニスのバックハンドのように構えたステッキで、横薙ぎに振り抜いた。
「リターン・エースっ……! これで、フォーティ・ラブだっ……!」
「ぐわっ!?」「うぐっ!?」
頭を強打され、ロックとワットは片脚を軸にしてコマのようにキリキリ舞う。
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