第30話
30 ハッキング開始
「ちょっと外に出てまいりますので、おふたりはここにいてください」
ロックは「おい、この早口女とサシいろっていうのかよ」とあからさまに嫌そうな顔。
ペドロは「私はこどもが大好きです! だからこども以外は手は出さない!」と胸を張っている。
「ロック、ペドロさんもああおっしゃっていますから大丈夫ですよ。
ペドロさんにとって、ロックはお年寄りのカテゴリですので」
「年寄りって……。おれよかアイツのほうが、どう見たって歳上だろ……」
「すぐに戻ってきますよ。ペドロさんが逃げ出さないように見張っておいてくださいね」
そう言い残して部屋から出て行くワット。
宣言のとおり数分で戻ってきたのだが、ひとりではなかった。
壁の一部が下にスライドし、廊下のような細長いエレベーターが降りてくる。
その上に立っていたのは3人の人物。
まだ顔すら見えていないというのに、ペドロは天使が舞い降りたような表情になっていた。
「しょ……ショタちんンゴォォォォォォォォーーーーっ!?!?」
「あっ、ショーンとトニーじゃねぇか!」とロック。
ワットに引きつれられていたのは、他ならぬロック団のメンバーであった。
「彼らはわたくしたちを尾行しているようでしたから、この付近にいるだろうと思って連れてきました。
これで、ペドロさんのモチベーションはかなり上がったと思いますが」
その効果はてきめんで、ペドロはハァハァと息を荒くし、椅子の背に齧り付くようにしてトニーを凝視していた。
「あ……ありがとナス! ああっ、ショタちんがワイの巣に来るだなんて、初めてのことンゴ!」
「どうやらペドロさんはトニーさんがお気に入りのようですね、トニーさん、ペドロさんとお話していただけますか?」
何も知らないトニーは「うん!」と無邪気に返事をして、ペドロの元へと歩いていく。
ショーンもついていこうとしたが、ペドロから「しっしっ!」と手で追い払われていた。
トニーはペドロのそばに行くと、礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、トニーっていいます!」
それだけで身悶えるペドロ。
「うひゃああっ! 我が世の春! じゃ、じゃあまず、年齢を教えてくれるかな? あくしろよ!」
「6歳です!」
「ろ、6歳だなんて……!? これって……勲章ですよ!
こっち来てこっち来て! 入って、どうぞ! お前ここは初めてか? 力抜けよ!」
意味不明の言葉を並べ立てるペドロに、トニーもさすがにおかしいと気付く。
変質者に遭遇したようにあとずさりしていたが、「そばにいてあげてください」とワットに言われ、仕方なく椅子の傍らに寄り添った。
「きっ……きたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
それだけで、ペドロは急速充電を受けたように奮い立つ。
「モチベーションが湧いてきたようですね、それでは解析のほうをお願いします」
「おかのした!」
椅子にあぐらをかいたペドロはバッと両手を広げる。
すると星が瞬くように、次々と上空にディスプレイが現われ、情報の滝が降り注ぎはじめた。
渓流の鮭を掴み取るクマのような動きで、滝に手を突っ込むペドロ。
それは相変わらず何をしているのかわからなかったが、隣にいたトニーだけは「うわぁ……!」と目を瞬かせていた。
「す……すごい……! SSML5だ……!」
ショーンが「なんだそりゃ」と耳をほじりながら聞き返す。
「ショーン、知らないの!?
セマァネットで動いてるアプリは魔法の体系に近い構成をしてるんだけど、そのもっとも最下層にあるのがSSML5なんだ!
普通はその上層にある、MSSやセマァスクリプトでプログラミングするのに、ペドロさんは……!
大興奮のトニー。
この興奮が半分も伝わっていないのがもどかしいようだった。
「これはとってもすごいことなんだよ!? 例えるならパンを焼くのに、小麦粉から育てるようなものなんだ!
どんなに一流のパン屋さんでも買ってきた小麦粉を使うのに!」
ショーンはさして興味もなさそうだったが、ロックは興味深げに頷いていた。
「なるほど。自分の理想のパンを焼くために、小麦粉レベルでこだわってるってことか。トニーはセマァネットにも詳しかったんだな」
「うん! 僕、図書館でセマァネットに関するデーターをずっと見て勉強してたんだ!
アプリ開発ができるセマァシーが欲しいんだけど、高いからママには言い出せなくって……!」
トニーはすっかりペドロを尊敬のまなざしで見ていた。
「がんばって、ペドロさん!」
「トニーたそが見てるンゴ!? 応援してくれてるンゴ!? うぉぉぉぉーーーーっ!!」
トニーの存在がニトロとなり、ペドロの解析は驚異的なスピードで進んでいった。
ドーナツを貪り、エナジードリンクをがぶ飲みする。
「映像の場所はベルグレイヴィア! 映像の日時にその地域を飛び交っていたセマァネットのデータを検索!
通話プロトコルだけでなく、映像、音楽、メッセージング、交通、天気、医療、教育、警察通信、監視カメラ、隣人のシャワートイレの利用履歴まで……!
その件数、一千万億兆京! IPSの解析防御プロテクトのせいで、まだまだ増えるンゴ! ぬがーっ!
このアパートメントの全リソースを費やしても、解析が追いつかないンゴ!
友よ、ワイにリソースを分けるンゴぉぉぉぉ~~~っ! なお、まにあわんもよう!」
しかし途中で限界がきて、「そんなんじゃ、いつまでたっても終わんないよ!」と白目を剥いてブッ倒れてしまった。
「ぶ……ブラックチェーンで構成されたデータのステルス性は、軍事機密なみンゴ……。
これならロンドンじゅうの銀行の預金残高をゼロにするほうが、よっぽど簡単ンゴ……!
ぬわああああん疲れたもおおおおん!」
トニーというビタミン剤の効き目も薄れ、ペドロは駄々っ子のように床を転げ回る。
「困りましたね」とワット。
「なら、成功報酬を付けましょうか。もしジェロムさんの通話相手の居場所を3日以内に突き止めることができたら、孤児院にご招待します」
「孤児院っ!?」と脊髄反射のような速さで起き上がるペドロ。
「ほ……ほんとぉ? ちょ、ちょっとおちつこか笑い……なにわろてんねん!」
「ウソではありませんよ。こちらのロックは、ホワイトチャペルにある孤児院に顔が利くのです。
彼の案内であれば不審者として通報されることなく、じっくりと子供たちを見つめることができますよ」
「おい、おれかよ!?」とロック。
「ここは協力してください」とワット。
「本当だよ、ペドロさん! 僕もその孤児院にいるんだ! 僕くらいの子たちがたくさんいるよ!」
トニーのその一言が、最後のひと押しとなった。
ペドロのメガネにギラリと光沢が走る。
「サンガァァァツ! ええの獲ったわあっ!
セマァネット上のショタちんなんて、最初からいらんかったんやぁぁぁぁーーーーっ!!」
猛然と奮い立ったペドロは、電子の野獣と化す。
滝を駆け登るクマのように、両手だけでなく両足をも駆使し、天井から落ちてくるデーターを次々と蹴散らしていく。
とうとう頭までデータの滝に突っ込んで、ガボガボともがいていた。
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