第27話
27 ハッカーのペドロ
「このチップは、とある少年の首筋に埋め込まれていたものです」
それだけでペドロは、「ファッ!?」とジャラシを振られた猫のように反応した。
床からピザの箱を蹴散らすようにマジックハンドが現われて、ワットの手から袋をひったくる。
マジックハンドはご主人様のところに袋を届ける。
ペドロは中に入っているチップを、メガネを何度も直しながら凝視していた。
ワットは小声で、「ペドロさんは、少年が好きなんですよ」とロックに知らせる。
ロックは「うげっ、じゃあおれも……!?」と、今にも吐きそうな顔をした。
ペドロは「は? カッコ威圧カッコ閉じ」とロックにすだれのような前髪を向ける。
「いかんのか? っていうか少年と呼んでいいのは9歳までンゴ!
そっから上はじじいンゴ! いかんでしょ! これだからロクカスは……!」
どうやら対象でないことがわかり、ロックはこみあげてきたすっぱい感覚を飲み込む。
チップの埋め込まれていたマルコは16歳なので同じく対象外なのだが、それを言うと調べてもらえなくなると思い、ワットは敢えて「少年」としか言わなかった。
しばらくして、ペドロは長い前髪をもてあそびながら言った。
「はぇ~。これはダークセマァネットで流通してる、ネクロマンシー用の制御チップ……?
でも、なんか足んねぇよなあ?
あっ、ふーん……カッコ察しカッコ閉じ。これはアレだ、サイコトロニクスのハイブリッドチップだンゴ」
「サイコトロニクスというと、古代ロンドンの軍事施設でも秘密裏に行なわれていた、あの……?」
「なんだよ、なんとかニクスって?」とロック。
「サイコトロニクスというのは、人間の精神を操る工学のことです。
対象の心理変更や、超能力と呼ばれる力を覚醒させるための研究が各国で行なわれていたんですよ。
でもとっくの昔に廃れていて、現代の精神操作の研究といえば、もっぱらセマァリンですね」
「ンゴ。昔のサイコトロニクスは電磁波なんかを使っていたンゴ。
でもこれは、セマァリンで動くようにカスタマイズされてるンゴねぇ」
「と、いうことは……。もしそのチップが正常動作するようであれば、埋め込まれた人間は……」
「生きてる間も死んでる間も操られちゃうンゴねぇ。
それに、田舎少年のスケベなことしか考えない頭の中が、すべてここに……」
ペドロの言い回しは独特だったので、言っていることの意味を理解するのに苦労したが、ワットは根気強く言葉を重ねた。
「もしかして埋め込まれた少年の思考が、そのチップの中に記録されているのですか?」
「いんや。思考はデータが大きすぎるんで無理ンゴ。少年が見聞きしたものくらいは、この中に二次元動画として記録されていると思うンゴ」
ロックはようやく話が理解でき、「マジかよ!?」と話に加わる。
「じゃあソイツの中身を調べたら、マルコが殺される瞬間が記録されてるかもしれねぇってことか!」
「ファッ!? このチップを埋め込まれてたショタちん、殺されちゃったンゴ!?」
ロックが「しまった」と口を押えたが、もう遅かった。
「貴重なショタちんが、またひとつこの世から……!? ふざけんな、ブタぁ!
許せないンゴ! 中身を調べて、犯人を突き止めてやるンゴ!
解析班と晒し班と突撃班と鬼女班に頼んで、リアルもネットも炎上させてやるンゴ!」
ペドロはセマァ袋からチップを取り出すと、ホタルを川に返すように空に向かって放す。
チップはひとりでにフワフワと浮き上がり、新たに生まれた星のようにディスプレイの群れに加わった。
途端、謎の図式や数式、ソースコードなどが、滝のように天井から降り注いだ。
そのデータの滝を遡る鯉のように、ペドロはワシャワシャともがいていた。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ、ヨロシクゥ! パパパッとイッて、終わりっ!」
奇妙な掛け声が終わると同時に滝は消え、周囲の壁にセマァビジョンと呼ばれる映像が映し出された。
その映像は主観視点で、食卓にいる中年女性を捉えている。
中年女性はバースデーケーキのロウソクを吹き消しているところだった。
上半身がずっと脳震盪を起こしたようにフラフラと揺れていたので、吹いてもなかなか消えない。
それでもなんとかロウソクを消し終えると、映像の主がパチパチと手を叩いた。
「誕生日おめでとう、ママ!」
「ありがとう、マルコ」
「せっかくママの誕生日なのに、今日もパパは仕事だなんて……」
「パパは忙しいからしょうがないわ。それにマルコがこうやってお祝いしてくれるだけで、ママにはじゅうぶん嬉しいわ」
それは、息子のマルコと母親のサロメ、ブラウン母子の愛の日々の記録だった。
マルコはサロメのことをとても慕っていて、朝の食卓では今日学校でなにをするのかを話し、夜の食卓では今日学校あったことを話して聞かせていた。
マルコの主観なので表情はわからなかったが、その声はとても弾んでいて、それを聞く母親も慈しむような笑顔を見せている。
それだけで、ふたりはとても仲が良いというのが伝わってきた。
そしてマルコの目を通してわかったのだが、家には父親であるジェロムの姿は全くといっていいほど無かった。
食卓にいたことは一度もないのに、サロメの隣には必ず、もうひとり分の料理が用意されていた。
マルコが「パパ、今日も帰ってこないの?」と不満そうにしているのを、サロメが「しょうがないわ」となだめるのが日常となっているようだった。
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