第2話
02 ロックとトニー
小一時間後、少年の足元には風船のように腫れあがった顔の大人たちが転がっていた。
少年はグローブについた血を払うと、ボートの脇にあった麻袋にしゃがみ込む。
袋の口を開けると、中には幼い子供が入っていた。
「大丈夫か、トニー」
子供の口を塞いでいたテープを剥がしてやると、「ぷはあっ!」と息を漏らす。
「ろ……ロック、助けに来てくれたんだね!」
ロックと呼ばれた少年は、トニーの頭にポンと手を置く。
「当たり前だ。おれの街では誰もさらわせたりしねぇ。たとえこの国の王様にだって、トニーはやらねぇよ」
「へっ、王様だってよ!」とチャチャが入る。
腫れあがった顔の大人たちが、血の涙を流しながら笑っていた。
「王様どころか、俺たちすらもぶちのめせなかったクセによぉ!」
「ああ、あんだけイキがってたくせに、結局、俺たちの口を割れなかったんだからなぁ!」
「俺たちは失敗しちまったが、依頼人がいる以上、そのガキはまたさらわれるだろうなぁ!」
ロックはトニーを立たせつつ、大人たちを一瞥する。
「ブツの届け先は、セントジョンズウッドに住む資産家だろう? こんだけの人手を使ってストリートのガキをさらうなんて、いい趣味してるぜ」
「なにっ!?」と飛び上がる大人たち。
「な、なんでそれを!?」「俺たちは何も言ってねぇのに!?」
「言ったろう、おれはコイツで聞くって」
ロックはもはやおなじみとなりつつある、鼻先に拳を構えるポーズで答えた。
「ま、まさか、お前のセマァリンは……!?」
『セマァリン』。
電力や原子力に代わる新たなるエネルギーとされており、もはやセマァリン無くしては太陽すらも昇らないのでは、とまで言われているほどに普及している。
また古代ロンドンにおいては、魔法が使える者と使えない者で、異なる文化圏を形成していた。
しかしこのセマァリンの出現によって、誰もが等しく魔法を使えるようになり、長きに渡って両者を隔ててきた軋轢までもを取り去るに至る。
これは歴史的な出来事とされ、当時はベルリンの壁が崩壊したのと同じくらいの世界的ニュースとなった。
さらに、セマァリンは魔法を普遍的なものにしただけではなく、各個人に固有の力をもたらす。
先ほどボートの上で大人たちが見せた、『手離した武器を手元に引き寄せる』がその一例である。
そしてロックのセマァリンは、『殴り合った相手の考えていることを読み取ることができる』。
誰かに聞き出したいことがある場合、彼には拷問や自白剤どころか、心理的な駆け引きすらも必要としない。
ただ相手に、口を閉ざしている事柄を意識させつつ、あとは拳を交えるだけ。
パンチを相手の顔面に叩き込むたび、相手の蹴りを腹に受けるたび、相手の思考が流れ込んでくるのだ。
ロックは大人たちの前に仁王立ちになると、血塗られた月のような冷酷な瞳で見下ろす。
「聞きたいことはもうぜんぶ聞いちまったから、テメェらはもう用済みだ」
「ひいっ!?」と抱きあう大人たち。
腫れあがった真っ赤な顔が、信号機のようにサッと青くなる。
「そうビビんなって。
テメェらは実行犯じゃなくて運び屋だから、トニーがどこに住んでるかまでは知らねぇだろ?
だから、殺したりはしねぇよ。
そのかわりトニーを送り届けるまでまでの間、ちょっとオネンネしててもらおうか」
ロックはしゃがみ込み、拳のポーズをとる。
「あいにく、子守歌は唄ってやれねぇけどな……!」
ロックとトニー、そして気絶した大人3人を乗せたボートは、ウエストミンスター橋にさしかかろうとしていた。
「おっと、もうこんな所まで来ちまったか。それに、もうこんな時間か」
ロックは橋げたごしに、天を衝くように伸びる塔を仰ぎ見ていた。
塔はセマァリンによって加工されたセマァ合金でできており、古代ロンドンのゴシック様式のデザイン。
古代ロンドンでは時計塔の役割をしていたが、今では軌道エレベーターとして外宇宙との玄関口になっていた。
かつての名残として塔の中腹には、片目の巨人の眼球じみた時計盤があり、ギョロギョロと時を刻んでいる。
ロックの傍らに寄り添っていたトニーが、19時を眼力で告げる目玉を指さした。
「ねぇロック、知ってる? ビッグベンのあの時計って、人種によって違った風に見えるんだってさ。
人種ごとの目の作りの違いを利用してるんだって」
「へぇ、ってことはインベーダーのヤツらには、あれが別のモンに見えてるってわけか」
「いまどきインベーダーって……。そんな風に呼んだら怒られるよ?
空から来た人たちのことはネクストレース、せめてネクストって呼びなよ」
苦笑するトニー。
トニーは街に住む子供たちのなかで特に育ちがいいわけでもなかったが、飛び抜けて頭が良く、言葉遣いも丁寧だった。
だからこそ今回さらわれたのかもしれないな、とロックは内心思う。
街の子供たちはみなロックが大好きだった。
トニーもロックがそばにいるだけで、さらわれた時の恐怖もすっかり忘れ、無邪気に話しかけている。
「ねぇねぇロック、これ知ってる?
あのビッグベンっていまは宇宙に届くほどの高さがあるけど、古代ロンドンでは聖堂くらいのちっちゃな塔だったんだって」
「へぇ、そんなにショボかったのかよ」
興味深げに相づちを打つロック。
こんなところも、彼が子供に慕われている理由でもあった。
ロックはトニーの話し相手をしながら、屋根の無くなった操舵室の舵を切ってボートを反転させる。
テムズ川を逆戻りし、彼の街へと戻った。
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