4問目

 


さあ、ここで問題です。



 世の中には、女性が幸せになれるお付き合いをする相手として相応しくないと言われているBのつく職業が三つあります。それは程度の低い都市伝説のようなものではありますが、一部の女性の間ではまことしやかに囁かれています。



 それら3Bを全部答えることが出来ますか?

 目の前のどストライクに好みの顔をしたイケメンが、自らの職業を告げるまでに答えなさい。

 

 ……。


「あのさ、アンタ馬鹿なの?」


 昨夜わたしが酔いにまかせて拾ってきてしまった見目麗しき男性は幻などではなく実際に物質として存在していることを確認したのは、自分のあられもない姿というかお粗末な姿をこのように容姿端麗な殿方に間近で見られていることで嬉しさのあまり……じゃなかった……その恥ずかしさに反射的に叫び出そうとした口を手で塞がれ不覚にも大きくて温かなその掌の芳しき匂いに、ふごふごと鼻を鳴らしウットリと涎を垂らしたその時だった。あ、実際には口元が塞がれてるからまだ垂れてないですよ。濡れ感があるだけです。


「頼むから、叫ぶなよ。オレ、何にもしてないよね? なんなら逆に、されたほうなんだけど分かってる?」


 こくこくと小刻みに頷くと、その良い匂いのする掌が口元から離れそれが名残惜しいとばかりに唾液の細い糸が、つうと繋がっているのを見てそんなの顔がさらに赤くならない訳がないです。


「……あのさ、少しは想像力を養った方が良いと思う。アンタは親切でしたことかもしれないけど、これ知らない男に襲われていてもおかしくないんだよ?」


 想像力? いま『そうぞうりょく』とおっしゃいましたか? いえ、ね? 妄想力ならあるんですよそれなら誰にも負ける気がしませんと声を大にしてなんなら叫んでも良いのですが、残念ながらまたそれは折々の機会を見てからにって……ちょっと待って? 心配されてる? 心配されてるの? わたしが? こんなわたしごとき人間がですか?


「……す、すみません」


 貞操まで心配して頂くようなそんな大層なわたしでは御座いませんです。そもそも落とし物がどストライクイケメン男性だったから思わず勿体ない精神が、さらにはあわよくば、とは本当のことは言えませ……あ、声に出ていたようですね。変態を見る目でわたしを見ているその顔もまた素敵だなんて、こればかりは胸にしまっておきたい。おや、わたしまだ酔いが残ってるのかな?


「アンタさ、ヤバい人なの? あんなとこで寝落ちしたオレも悪いから一応礼は言う。ありがとう。そしてお願いだから金輪際オレを見かけても近寄って来たり話しかけたりしないで下さい」


「えっと……コーヒーでも、飲みますか?」


「アンタ今、オレの話聞いてた?」


 聞いていましたとも。

 良い人でよかった。良い拾いモノだったと考えておりました。

 ですから今日のこの日を素敵な思い出に変えるべくって、この人にとっては変態なわたしに拾われてしまって最悪なことは変わりようもないでしょうから、わたしだけでも残り僅かに違いない妄想のようなこの現実の時間をお付き合い頂きたく、さりげなくあからさまにコーヒーのお誘いをしているんですがコーヒー嫌いだったらこの芳醇なるひとときも終わりどころか始まりませんね。ってそれ以外もナニも始まりそうにないですけれど。


 実は先ほどからすでに見目麗しきこちらの殿方の芳しき体臭が滲む掌の匂いで腰が砕けていたわたしはベッドから踏ん張るようにして産まれたての子鹿のように立ち上がると、いそいそとキッチンへと赴き老婆の如くよたよたとコーヒーの支度を始めます。

 ちらと時計を見ればなんとまだ六時ではないですか。習慣とは恐ろしい。今日は土曜日で仕事がないからのんびりだらしなく惰眠を貪る予定でしたが、こうなったら予定は喜んで変更致しましょう。

 お湯が沸くまでの時間でさえもいつもと違うように感じられます。といってもカチッとして湯が沸くあれです。カップを用意しながら豆はこの前買ったばかりの挽きたてのがあって良かったと考えながらも、部屋を出て行くなら今なんですけどねとささやかに背中で語ってみましたがどうやら時間切れですよ。

 ほら、カチッと聞こえましたよ湯が沸きましたからね? しめしめ。


「……あー。そんなことしなくて良いって言ってもアンタ聞かなそうだねってか、全然聞いてないよね?」


「ちなみに、全く興味はないかもしれませんが、わたし鳥海とりうみ 紬衣ゆえと申します。安心して下さい。履いて……いえ、ぅおほん! こう見えましても堅い職業についておりますから一応社会常識も兼ね備えているつもりです。得手不得手は、ありますが。金輪際近寄れないのでしたら、今だけでも近寄らせて下さい」


 淹れたコーヒーを片手に、そう言いながら振り返り目の前にあるどストライクイケメンの端麗なご尊顔を見上げながら、ここぞとばかりにぐいっと近寄りカップを差し出してそこに見たのは、見目麗しきこの御仁の予想していなかった徐々に赤く恥じらいに染まる頬と泳ぐ視線。


「……?」

「胸元……見え……て、る」


 ……。

 ……確かに。

 恐る恐る視線を落としてみれば、ゆるゆるの襟ぐりのタンクトップからノーブラで油断しすぎなわたしの胸がその頂までまるっと。

 ふむ。

 ここは互いに動揺してしまっては気不味くなるだけなので、心中を気取らせないままカップを手渡しましたよ。手が震えている? 気のせい気のせい。この歳になるまで誰にも見せたことがないから返って良かったじゃないのとか、減るものじゃなしってそもそも身体も減価償却なのかねとか、さまざまな思考が入り乱れておりましたがここに来てよもや嬉しくありもなしやありかもと襲われるとは思っていませんでした……ぅおッ€#〆?!


 っぎゃー……ヤメない、、、で?? 

 ん、ん〜?


 近寄ってきたその気配に思わず淑女らしく固く瞑った目を開いてみれば、何も期待していたことは起こらず手渡したカップを受け取ってくれただけでした。

 ……あはは。


「アンタ……さ、ほんと気をつけた方が良いと思う。えーとさっきアンタの名前教えて貰ったから言うけどオレは我堂がどう 壱太いちた。で、美容師やってる」

 

 そうですか3Bのうちのひとつの職業。

 なるほど了解です。

 貴方なら騙されても良い、なんて言葉巧みにわたしは貴方を騙したりしませんよ? なぜならわたし失敗もナニもしたことありませんから!

……って。



貴女は残り二つのB、分かりますか?

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