6年ぶり
幸孝に振られた。それは24歳のころ。ブラック企業で毎日上司はわたしに怒っていた、というか絶叫していた。
それでもなんとか過ごしていたわたしは10月末のある日、幸孝にホテルのラウンジに呼び出された。両家の親とは顔合わせが終わっていたので、これはついに…とドキドキしながら向かうと、案の定フラれた。ちなみに理由は、「俺以外にもいい人がいる」という理由だった。何を言っても、もう幸孝の中では完結した問題なのだろう、貝のような態度で問答を繰り返す。わたしは今、他人と話していた。
釈然としなかったが、泣きすぎて脳が腫れあがったように痛くなった。自分はあまり人に執着しないと思っていたけれど、そうじゃなかったのだ。この生活をなんとか立て直そうとして、週6勤務をこなしながら、街コンへ参加したり、数少ない男性のラインを開いては、
「ちょっと一緒に飲まない? あ、選挙とか保険とか押し売りとかじゃないよ」
と言って回っていた。結果は惨敗していた。そんな中で翼のラインも開いた。奴に自分へ興味ないのは痛いほどわかっていたので、誰か別の男性を紹介してもらおうという魂胆だ。正直に言うと、翼にやられた分だけ棘でもお見舞いしようというのも少しだけあった。
紹介してもらった男性はこれまたN大卒で、身長180センチほどの長身の男性だった。ルックスも悪くないのにこれまで一度も女性とつきあったことがなかったらしかった。愛知では名のある自動車関連メーカーで、こんなスペックの男性と会えるとは。わたしはびっくりした。
わたしはその当時、中国語をしゃべれる以外で人にアピールするものがなかったから、この日は火鍋ランチに行った。そこでなら、少し自分のことを良く見せれると思ったからだ。
「火鍋ならラム、おいしいよ」
とわたしが言うと、その男性、仮にN男としておこう、N男は不機嫌な顔になった。
「なんで? 牛でいいじゃん。せっかくならおいしいもの食べようよ?」
と言われた。ラムもおいしいのにな…。少々面を食らったが、気を取り直して話を進めていく。N男はビールを頼んで飲み始めた。あまり強くないようで、すぐに赤くなった。
N男は営業職だが、今は新入社員の研修期間として、工場内で製造の勤務をしているそうだ。ちょうどわたしもその頃、中国人の通訳として、金型工場で勤務していた。自動車部品の金型なので、知らなかったらと思い、丁寧に説明していたらあからさまにいらつかれてしまい、
「知ってるよ」
と言ってふてくされてしまった。
「あ、ごめん、そうだよね、知ってるよね」
と言った。そうか気に障ってしまったか。
「で、翼くんから聞いたけど、男友達探してるんだって?」
「あ、うん」
いや、本当は下心はありありなのだが、何分失恋したばかりなので、自分を保身するような言い回しをしていた。
「でも、もう会わないと思うよ?」
「え?」
「この間街コンでマッチングに成功したんだ。たぶんその子と上手く行くと思うから、クリスマスはその子と会うと思うよ」
N男はにやつきながらそう言った。…なんだこれ? それを今ここで言う神経はなんなんだ。混乱しつつも、わたしは先に“男友達を探してる”なんて卑怯な言い回しをしたからだと思った。N男は一人で昼間っからべろべろになっていった。そのテンションには付いていけなかったが、わたしはにこにこと愛想よく接していた。食べ終わると、わたしは何故か焦って、
「この後カフェでもどう?」
と聞いていた。すると、N男は不機嫌に、
「もういいでしょ、いっぱいしゃべったじゃん!」
と言って、キレられてしまった。帰り道、N男は回らない舌でマッチングアプリで知り合った女の子がどんなに可愛いかを饒舌に話していた。
コミュニケーションのことなので、N男だけが悪いわけじゃない。わたしも何も言わないところが悪いし、これはわたしの主観の話だから、何かわたしが悪いところがあった可能性は大いにある。
けれども、これをきっかけにわたしは男性へ自分からデートに誘えなくなった。何も配慮されないというのがこんなに怖いなんて知らなかった。自分の顔が、魅力が、そんなにないのかと思ってしまった。
そして、翼は何を思ってこのN男を紹介したんだろう。
「…知らなかったんだけど。つか俺が紹介したのって誰だっけ?」
画面越しで翼は本当に驚いた顔をしている。6年ぶりにわたしたちはパソコンを通して話している。
「…え?まあわたしもLINE潰してるから、だれかわかんないんだけど…」
二人で考えてみたが誰かわからなかった。N男は一体誰だったんだろうか? 誰かもわからない奴にやられたことを引きずってたのか。
《つづく》
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