電灯泡
肺が痛い。肺までもが凍るようで、息をする度に苦しい。これが楽しくて仕方なかった。思いっきり息を吸うと、肺が痛くなってせき込む。これが“寒い”ってことなんだ…!
空気はやたら澄んでいて、電灯の粒が泡のように幻想的に浮かんでいる。またここはロシアとの国境沿いの中国なので、建物もどこかおとぎ話のような家の造りと中華っぽさがまじりあって、独特な世界がそこにはあった。その光景を見ながら、わたしはSNSに流れてきた南の島の写真を思い出していた。そこには翼と彼女がはしゃいでいた写真だった。着ぶくれして、雪だるまみたいになっているわたしとはえらい違いだ。わたしは赤くなった鼻の先を掻いた。
――――――――――――――—―
わたしと
「四川省行くならパンダ見たい! パンダ! 生パンダ~!」
地球の歩き方を見ながらわたしの興奮は止まらない。
「ねえ、けい? 一つ質問なんだけど」
「うん?」
「けいって泳げる?」
「うん、泳げるよ~」
「わたし泳げないんだよね」
「ああ、中国だと習わないからでしょ」
中国人で泳げる人はあんまり多くない。海沿いの人ならまだしも内陸部出身の人は泳げない人が多い。
「日本は洪水とか台風とか、水に関わる事故が多いからね、だから泳げるようにさせるんだよ」
「でもさあ、わたし、日本人の女の子ができて、わたしはできないとかそういうの、無くしたいの。だから水泳を習うことにしたんだ」
ん? それって?
「ははあ、なるほどね、日本人に恋しちゃったわけだ」
「あ、うん、付き合おうって言われて…」
小貝が赤くなる。その瞬間、小貝の容姿を改めて見る。
…あ、小貝って背が高いよね。眼も大きいし、かわいい。派手で、わたしと違って、かわいい。
え、あれ…、え。うそうそ、もしかして—―…
「翼と付き合うことになった」
わたしはその時さーっと血の気が引いていった。
――――――――――――――—―
水も植物もあらゆるものが凍る世界で、わたしはさっきの小貝のSNSを思い出す。翼と小貝が二人じゃれ合っていて、わたしは遠い凍える世界にいる。電灯の光を見ながら思い出した。
その時、すでに幸孝と付き合っていたし、翼の人間性も身に染みて解っているので、未練がある訳ではない。ただ、自分はあの3人でいる時間が好きだった。たわいもない事、くだらない事、ちょっと真面目な事をぶつけられる、終わりが見えているあの時間。でも、ふたを開けて見れば、わたしだけが
でも、これは誰かに言ってもうまく通じないよね。嫉妬してるとか思われるよね。
誰にも言えないことが自分の体の中で反芻する。空気が澄んでいるから、はっきり見えるはずの電灯が少し揺らいで見えた。今痛いのは肺だけじゃない。
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