タフ

 高校生の頃、日本史が好きだった。先生の話す、偉人たちのエピソードが面白かったからだ。江戸時代を学んでいる時に『塙保己一はなわほきいち』という国学者を知った。塙保己一の偉業もさることながら、彼がの学者だった、というのが驚きだった。しかも彼の国学を志すまでのエピソードもすごい。塙保己一は初め按摩や鍼などを学んでいたが、あまりにも合わなくてついに自殺を決意。寸前のところを助けられ、条件付きで学問をすることを許されたところ、その類い稀な才能が開花したという。

 

 電子辞書の中の広辞苑で塙保己一を引くと、『優れた記憶力により』と書かれていた。わたしはそれを読んで、そりゃそうだろうね、と思った。だってだろうから。彼らの能力は時にわたしたちからすれば“すごい”と確かに純粋な気持ちでそう思うけれど、それもある種偏見があるんだよなあ。


 特別視や神聖化。差別的よりマシかもしれないけど、なんか違和感を感じるのだ。例えば眼が悪い人は記憶力が良くて賢い、とか。確かにそうだろうけど、それは彼らがそうやってバランスを取っているだけの話なんだろう。


 わかってはいる。彼らにとって特別なことじゃないんだってこと。しかしタフさを感ぜずにはいられない時もある。


 塙保己一で有名なエピソードを先生が紹介した。


 講義をしているときに、風が吹いて、ろうそくの火が消えたことがあった。保己一はそれとは知らず講義を続けたが、弟子たちがあわてたところ、保己一が「目あきというのは不自由なものじゃ」と冗談を言ったという(Wikipediaより)。


 このエピソードが面白かった。こういう皮肉っぽい話が好きだ。


 

 クリスマスの時、施設のみんなでボーリング大会をしに行った。ボーリング場はゲームセンターに併設されていた。

《You are loser‼︎‼︎》

《ばいばい‼︎‼︎またね‼︎‼︎ばいばい‼︎‼︎》

《できたての‼︎ポップコーンはいかが?‼︎‼︎》

とけたたましく電子音が鳴り響く。「‼︎‼︎」の音が鼓膜を突き抜け、耳をつんざく。

‼︎‼︎「けいー、集合だって」‼︎‼︎

‼︎‼︎「えー? なに聞こえないんだけど」‼︎‼︎

 翼もわたしも全く話が聞こえない。

 

 周りのろうの子ども達はとっとと電子音を拾ってうるさく鳴る補聴器をはずし、手話で会話を始めて、すらすらと会話をしていく。全く影響を受けていない。そしてわたしと翼のお互いの声が聞き取れない様子を見て、ろうの真澄ちゃんが手話でこう言った。


《 って大変ね 》



 参考文献:


 伊藤亜紗著『目の見えない人は世界をどう見ているのか』光文社


→特別視も神聖化もない良著。眼の見えない人の認知についてよくわかる。特に面白かったのは色の話。生まれてから“色”を一度も見たことがなくても色に関するイメージ(赤だったら血や愛など暖かい色というような)はあるので、“認知”できるそう。ただ赤と青を混ぜたら紫になる、というイメージはできないのだそう。


 伊坂幸太郎著『チルドレン』講談社


→中学の時に読んだ、最高にクールな短編集。この中に全盲の青年永瀬が登場する。永瀬は生まれた時から全盲なので、彼にとって見えないことは普通のことだが、盲導犬をつれて歩く永瀬はろうに比べてかなり障がい者っぽく周りの眼から映る。時に知らないおばさんからいきなり千円札をもらうことも。永瀬は悪意がないことわかっているけど複雑そうに感じていた。わたしもぞっとしてその話を読んだ。

 と、同時に永瀬の穏やかな性格でかつ聴覚や嗅覚での情報を頼りに華麗な推理をするので、“目の見えない人すごっ”と思って読んでいた。曇りなきまなこで彼らのタフさを見極めるのは難しい…。

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