挿話 七海由愛は見た!(221.5話)

 限定近況ノートのエピソードから、七海さん視点での話です。

 本編221話~222話の間の話となっています。お気をつけ下さい。

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 1カ月後の学園祭の話をしようと学校の食堂にやって来た私たちは、茅野さんと松戸さんの話を聞きながらまだ来ていない蒼月君たちの席を含めて確保した。

 東校の食堂では席に座る位置の慣例があるらしく、それを鏡君から教わった茅野さんと松戸さんに教えてもらおうと考えていたのでちょうど良い。


 食堂の端の一角が5クラス生が座る慣例となっているようで、私はそこへ座り茅野さんと松戸さんの話を聞く。

 席に座る時に、隣の机の……男子学生の数人と私は目が合い目礼する。

 席の説明で学年が上がると隣と言う話が聞こえたせいでこちらの確認をしたのかもしれない。


 「由愛ゆめたちは場所を見ててね。私が先に注文してくるよ!」


 陽菜葉月はそう言うと、一人で学食を選びに行ってしまった。

 四人でいるのだから二人ずつに分かれたらよいのにと私は思ったが、食堂での慣例がまだあるかもしれず、二人で離れると聞き逃すとでも思ったのかな?


 しばらく話をしていると、食堂の入り口で三人で腕を組みながら仲良さげに蒼月君と里香ちゃん猪瀬、水戸君がやって来た。

 それを見た私は席を立つと、彼らに気付いてもらおうと飛び跳ねながら席はここだよと声を掛ける。

 里香ちゃんは自然に二人と腕を組んでいて楽しそうにしていて、少し羨ましい。

 前に揶揄う感じで、陽菜と一緒に蒼月君の腕をとったことはあったけど……余裕そうに見えて内心は凄く恥ずかしかったから、私も自然にできるようになりたいと思ってしまう。


 1-5の攻略道全員が食堂に集まる。

 陽菜が戻って来て、自分が席を見ているからみんなは学食を買ってきて良いよと言うと、蒼月君が自分は弁当だから先に来て席を確保していたら良かった、それなら陽菜のうどんが冷めなかったのにと言う話をしている。

 

 蒼月君のことだから、次回に似たような状況があればきっと席を確保して、私たちを待ってくれることだろう。

 出会った時から周囲を気遣って優しい人だった。

 いや……、今だからわかることだけど、もしかしたら今宵ちゃんの『理想のお兄ちゃん育成計画』の賜物なのかもしれない。

 今宵ちゃんは蒼月君の良さを周囲にこれでもかと語るくせに、蒼月君がモテるとシャーと威嚇する猫のような可愛い女の子。


 「ななみんどうしたの? ニヤニヤして」


 学食の発売機の所で里香ちゃんが私を見てニヤニヤしていることに気が付いたようだ。


 「蒼月君って優しいよねー」


 「あー、言葉のチョイスに滲みでてる気がする」


 「わかるわかる」


 「でもさっき、あたしの胸をガン見してたよ。前はもう少し初心な反応だったのに。トコトコ歩いてた4月が懐かしい」

 

 里香ちゃんのふっくらしてる方が良いという好み? が見え隠れした発言は、容姿や体型の話なので触らないように胸をガン見の所に反応しておく。


 「蒼月君はキィちゃんたちにも結構揶揄われてるから慣れちゃったのかもー?」


 「それって一個下の子だよね? よく話題に出てくるからちゃんと話してみたいなー。あ、一番は蒼月君の妹ちゃん!」


 里香ちゃんの胸をガン見と言う発言を聞いて、一人だけ男の子で私たちと一緒に学食の注文に来ている水戸君が気まずそうにしている。

 キィちゃんたちの話題に移ると、茅野さんが今宵ちゃん達と話がしたいと言った。

 妹’ズには蒼月君と水戸君、鏡君が合コンをした時に店で会っているはずだけど、話した様子は茅野さんと松戸さんにはなかった。

 私たちはキャイキャイと蒼月君の話で盛り上がりながら、食券を渡して学食を受け取るのだった。



 学食を買って皆の場所に戻り、学園祭の出し物について話をしていると、陽菜が蒼月君たちの女装姿が見たいからメイド喫茶がしたいと言いはじめた。

 里香ちゃんがそれに付け加えて執事メイド喫茶が面白いと話題を提供して、私たちは興奮してしまいつい声をあげてしまう。


  「おい、うるせーぞ! これだから能力が低いクラスはダメなんだよ。食堂で騒ぐなよ。マナーを知らないのか?」


 「それな! 総合1位になってもいないくせに東三条に一番強いと言われてイキッて食堂でも他クラスの場所に座っていたし、やっと角に移動したかと思うと今度は騒ぐ。親は何を教えてるんだよ」


 「ご、ごめんなさい」


 私たちが盛り上がっていると、上級生から注意をされてしまった。

 私たち全員のせいであるのに松戸さんがすぐに私たちの代わりに上級生に謝ってくれたが、上級生の一人から東三条という名前がでた後に、蒼月君を批難するような言葉が続く。


 これはもしかして単に私たち……と言うより、蒼月君に最初から絡もうと思ってやってきたのでは?

 私がそう考えていると、上級生はやはり蒼月君に絡み始めた。


 「おい、こいつ食堂で一人だけ弁当だぞ! 貧乏なんじゃね? ゴミみたいなおかずが入ってるわ」


 私は上級生のその言葉を聞いて前に蒼月君と一緒に食堂に来た時に、嬉しそうに母さんにお弁当を作ってもらったんだと蒼月君が言っていたことを思い出して胸がキュッと痛くなる。

 

 「……は?」


 蒼月君から聞いたこともないような低い声が聞こえ、そのすぐ後に隣にいた水戸君が音を立てて構えをとった。

 え!? 上級生が何か攻撃を仕掛けてきたの?

 でも、それなら蒼月君が一番に動くはずだと思い水戸君に小声で声をかけた。


 「水戸君?」


 「ごめん七海さん、心配かけたね。盾職だからつい殺気に反応しちゃった」


 上級生は自分たちのことが怖くて水戸君が構えたと思ったようだけど、私には水戸君の言葉から蒼月君が殺気を抑えきれず、すぐそばの水戸君に感知されたのだと気が付いた。


 私は蒼月君が表情はそこまで変えてはいないものの、漏れ出すほどの憤りを感じていることへの驚きと、いつもの家族に対する言動を考えると納得する気持ちもあって自分はどうすれば良いのかを考える。

 

 私は蒼月君が我慢ができなかった場合も考えて、スマホを取り出すと会話の録音を始めた。

 ダンジョン探索部や生徒会、1-4クラスと私たちのやり取りを見ても、5クラス生と言うだけで悪いのはこちらだと言うような決めつけがまかり通ることが多々あったためだ。

 

 ただ、録音をし始めてからすぐに蒼月君が上級生に対戦を申し込んで、里香ちゃんが挑発するような言葉を言い放ってしまった。

 私は念のために上級生二人が立ち去るまでは録音したが、ここだけだとこちら側が挑発したようにも聞こえてしまう。

 そのために私は、録音したという話は誰にもすることなくスマホをそっとポケットの中へとしまうのだった。

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