第203話 あの男がやって来る!

 昼食を食べ終わってから、さらに3時間ほど25階層でバトルベアの狩りをしていた俺たちは、熊胆をギルドに買い取ってもらうべく少し早めに戻ることにした。

 ちなみに、花やしきを貸しきる話は俺がキィちゃんに話題をふったのだが、「今宵ちゃんがダメって言っているからダメ」とか言われて却下されてしまった。

 俺の未来のリア充計画を潰してくるなんて……。


 「だけど桃井せんせーってちゃんと頑張っていたんですね! 急にウインドカッターを使えるようになっていたからビックリしちゃった」


 「そうでしょうとも! お子様には負けないわよぉ」


 そうなのだ。

 キィちゃんに空間魔法を持っていないから熊胆の分配なし! と言われた桃井先生は、「それなら自分で倒したものは私のものよぉ!」と言いだして頑張って一人でバトルベアと激闘をし始め、その途中から風魔法を使い始めたのだった。

 まあキィちゃんも遊びで言っているだけで実際には平等に分けるんだけど、桃井先生は自分だけでは持ち帰れないことはその通りなので、バトルベアを倒すと俺に手を揉み合わせながら機嫌を取るようにして熊胆を渡し、「お願いねぇ」と言ってきていた。


 「でも桃井先生って生活魔法を覚えていないですよね? 今の俺たちの練習方法だと、生活魔法を覚えてレベルをあげてから属性魔法が取得できるはずですけど、どうやったんですか?」


 俺は気になっていたことを聞く。

 俺が矜持さんに教わった覚え方は、満遍なく生活魔法の一つ一つを練習していくというものだった。

 そうやって生活魔法を覚えて、さらにそのレベルを上げると、属性魔法を取得することができるのだ。

 俺の実際の感じで言えば、生活魔法のレベルが6になれば属性魔法が解放されて覚えることができていた。


 「たたずんでいる時に後ろ髪がなびいていたらミステリアスで可愛いでしょぉ? だからずっと魔力操作で首のあたりを前から後ろに風が流れるように訓練をしていたのよ。最近では運よく風が来るなぁと思っていたんだけどぉ。実際は生活魔法の『風』だけを取得していて、無意識で使っていたようなのよぉ。それでレベルが上がって風魔法を覚えたみたいなのよねぇ」


 んん?

 ちょっと意味がわからない。

 言われてみれば、桃井先生はミディアムヘアなのだが、たしかに動いていない時でも髪が風に流されて舞っていた気はする。

 俺が意味がわからないと思う所は、髪がなびいていたら可愛いという所だ。

 まぁたしかに? そう言われて意識をしてみると可愛い気がしてくる。

 そう思い、今宵をチラリとみると、なぜか俺を見てすまし顔をすると、髪を後ろにかきあげるように払って見せた。


 チラリと一瞬見える白い首元。

 お、おお? 可愛い。可愛いぞ!?

 髪が長い場合はどうだろう? と俺は今度は東三条さんを見る。

 すると、東三条さんも俺たちを見ていたようで頷いて……、髪を後ろに払ってなびかせる。


 パサァァ


 お、おお! 何だかわからないけど、すごくいい気がする!

 SNSでこの場面が切り取られてUPされていれば、俺はきっと「イイね」ボタンを連打することだろう。


 「良いね!」


 俺が声に出してそう言うと、東三条さんは急に恥ずかしくなったのか顔を赤くしてうつむいてしまった。


 「そうでしょう、そうでしょうとも! 私も訓練したかいがあったわぁ」


 まさか、桃井先生が、こんな良く分からない努力をして生活魔法の一部だけレベルを上げて風魔法まで取得してしまうとは……。


 「だけど今日はこっちに来て正解だったわぁ。風魔法も取得ができたし、マジックバッグも買えそうよぉ。楽しみだから早くギルドに戻りましょうよ」




 俺たちは桃井先生に急かされて、ギルドの買い取り場所にやってきた。


 「お、坊主、久しぶりだな? 前はあんなにオーク肉を毎日持って来ていたのに、急に来なくなるから心配したぞ。親御さんたちも最近では来なくなったし、もしかして企業買取の方にいっているのか?」


 熊胆を査定してもらおうとギルドの買い取り場に行くと、俺が初めて来たときにビッグマウスを買い取ってくれて、その後も良く話をしていたおじさん職員に話しかけられる。

 オーク肉は父さんが会社を作ったから、もう見境なく狩りをしてアイテムボックスに入れて持ち帰って売りまくりなんだよなぁ。


 「そんな感じです」


 「まあ買取は向うの方が少し高いしな。でもギルド貢献でたまには売ってくれよ。んで今日は持って来てくれたのかい?」


 「いえ、今日は熊胆をとって来たので査定してもらおうかと」


 「高く買い取ってくれると嬉しいわぁ」


 「熊胆!? それなら鮮度が重要だぞ。出してみろ」


 俺はそう言われて、アイテムボックスからマジックバッグに移動させた熊胆を一つずつ取り出して行く。

 アイテムボックスは意識をするだけで一気に取り出せるので、マジックバッグに移し替えることは簡単だったのだが、マジックバッグから取り出すのは手作業で時間がかかる。


 「ちょ、ちょっと待て。なんだこの量は。鮮度が重要だと言っただろ? 見た目では問題なく見えるが……こんな量を狩りしていたら戻る間に……」


 熊胆を20個ほど取り出した所でおじさん職員が待ったをかける。


 「鮮度は問題ないと思いますが……、ギルド側で鑑定をしてみてもらえませんか?」


 「まあ査定時にはもちろんするんだが……、ああいや、疑っても仕方がないな。おーい、ちょっと鑑定の魔道具と熊胆の入れ物を持って来てくれぇ!」


 「ねぇ、お兄ちゃん。まだまだ取り出すのにも時間がかかりそうだし、今宵たちは他に行ってていい?」


 今宵たちは納品をするだけの作業を見るのに飽きてしまって、遊びにいきたそうにしている。


 「あんまり遠くへ行くなよ」


 「ほーい。キィちゃん、さっちゃんいこっ」


 「ちょっと、あなた達! お子様なんだから三人だけだと絡まれたらどうするのよぉ。仕方がないから先生も一緒について行ってあげるわぁ」


 「うわ! 急にせんせーづらし始めた!」


 移動する今宵たちの元へ桃井先生が合流する。

 てか、桃井先生は見た目が今宵たちと大差ないから、絡まれるとすると先生がいても同じだと思う。


 「東三条さんは行かなくて良いの?」


 「私様はここで一緒にいますわ」


 


 熊胆を取り出しながら鑑定の魔道具で調べてもらって約一時間。

 俺はやっとすべての熊胆をマジックバッグから取り出し、後はギルド職員が流れ作業で鑑定をして容器に詰めて、どこかへ持って行く作業が終わるのを待つだけとなっていた。

 鑑定を始めてから直ぐに、熊胆の鮮度が保てていることで、一気に買取場は騒がしくなり、多くの職員が容器に入れたりそれをどこかへと持って行ったりと忙しない。



 「天音? と蒼月! まさかダンジョンデートか!」


 急に大声で名前を呼ばれたのでそちらを見ると、1-1クラスの鏡君がパーティメンバーとともにギルドの買取場へとやって来ていた。


 「真一さん? 私様は攻略道のメンバーなのですから、蒼月君といるのは当たり前でしょう?」


 「くっ。今からでも遅くない。天音! 『列強』へ戻ってこないか? 蒼月は何度対戦を申し込んでも断って来る卑怯者だ。そんなやつがいる部活より気高い『列強』が天音には似合ってる」


 そう言えば、個人戦で俺へ対戦を申し込まないように教師陣から通達があったはずなのに、鏡君だけはその後も何度か俺へ対戦を申し込んできていた。

 全部断ったけどね。


 「ですから、私様を倒した蒼月君が卑怯者のわけがないでしょう? それは何度もお伝えした通りです。それに……攻略道は楽しいですから……今更、色彩のない世界へと戻ることはありませんわ」


 「し、しかし……。いくら蒼月が強くとも、対戦を断るような5クラス生と活動を共にするのは……」


 鏡君は俺たちのことをある程度は認めてくれているはずなのだが、5クラスというたったそれだけのことが、ずっと気になってしまうようだった。

 いや、対戦を断っていることで卑怯者と思われてしまっているから、そっちが大きいのかな?

 たしか対戦を申し込まれたら、受けることが当たり前なんだっけ。

 俺は少し考えて……、


 「良いよ。まだ夏休みだから具体的な対戦日はわからないけど、対戦しようか。だから俺に絡むのは止めて鏡君も査定をしてもらったら? パーティの人たちが待ってるよ」

 

 「蒼月君!? 急にどうなさいましたの?」


 「なにぃ!? 絶対だからな! 2学期になったらまた申し込む! 天音! 俺が蒼月を倒して目を覚まさせてやるから」


 鏡君はそう言うと、パーティメンバーの元へと去っていく。

 まあわりとすぐ近くで同じく査定をしてもらうわけだが、捨て台詞を言ったせいかこちらを見てくる事はなかった。

 口は相変わらずだけど、前のようにいきなり手を出してくる事もなかったし、少しは鏡君も変わってきているのかもしれない。


 「本当によろしいの? あんなに対戦を嫌がっていましたのに……」


 「というか、鏡君以外は俺と対戦をしてくれないだろうから、俺としてもありがたいんだよね。少し前までは対戦自体をしようとも思わなかったけど、でも1クラスを目指すなら対戦成績も重要でしょ?」


 「ま、まさか私様が一人だけ1クラスって言ったお話を気にして思いを曲げて――」


 「お兄ちゃん終わったー? ってまだなの?」


 俺が1クラスを目指すことを東三条さんと話していると、どうやら今宵が戻ってきたようだ。  

 そのため、東三条さんとの話はうやむやのまま終わり、キィちゃんやさっちゃん、桃井先生とワイワイ皆で話すのだった。


 「査定が楽しみねぇ!」





 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る