第176話 小鹿

 「そう言えば矜一さん、ウォーターの温度ってどうやって変えているんですか?」


 東三条さんの安全を考えて、健康的な競泳水着の監視に勤しんでいた俺は、急に隣から声が聞こえてビクリと反応する。


 「な、なんだマコトか。驚かせないでくれ。熨斗のしさんたちから東三条さんの安全に注意をしてほしいと頼まれてたからね。ちょっとだけ優先的にみてただけだよ」


 俺は東三条さんの胸部装甲を見ていた言い訳をなぜか早口でマコトに捲し立てた。

 猪瀬さんと七瀬さんと葉月さんはビキニでさすがに露骨すぎるのはまずいし、今宵たちはスク水……。

 そうなると、健康的で見ても何も言わなさそうな東三条さん一択になるのは仕方がないと思う。


 「競泳水着の方が良かったですか?」


 自分のスク水の胸元を掴んだマコトは薄いその装甲を強調しながら、俺に競泳水着の方が良かったか聞いてくる。


 「へ? い、いや似合っていれば別に何でも……。というかマコト達は何でスク水なの? しかもそれ最近のじゃなくて少し古いタイプだよね?」


 「あ! やっぱりわかるんですね! キィちゃんがこの間買って来てた雑誌で男の子が喜ぶコスプレ第一位がこれだったんですよ。それで今宵ちゃん達とこないだ買いに行ったんです。似合ってますか?」


 マコトはそう言うと、俺の手前でくるりとまわってスク水を見せてくれた。

 うん。スク水だね……。

 キィちゃんの雑誌で男が好きなコスプレ1位がスク水!? いやマニアックすぎない?


 「似合ってるけど、ほんとに1位だった? メイドさんやナースじゃなく?」


 「はい。秋葉原で実際にあるお店のコスプレ1位だったはずですよ。メイドさんとナースはもう少し下だったかな? 2位が確かレースクイーンでした」


 一体何のお店なんだってばよ!

 俺たちが話している間にも、今宵たちが水面を走ろうとするせいで、ザッパン ザッパンと大量の水が外へと排出されているので俺はウォーターでプールの水が減り過ぎないように継ぎ足して忙しい。

 

 「あ、そうでした! ウォーターの温度調整はどうやっているんですか?」


 そう言えばマコトはそれを聞きに来たんだったなと思いだす。


 「これは俺のやり方だから正しいとは限らないんだけどね。氷に塩をかけると塩が溶ける時に熱を奪うんだけど、まあ普通に氷が溶ける時にも周りの空気なんかから熱を吸収して冷やしてるんだよ。それをイメージしながらウォーターを出したら冷たく出来てね。今度はその逆で温かいのが出せるようにってやったらできるようになった感じかな? たぶんイメージの仕方の問題なだけだから、マコトにあったやり方で単に温かくなれ! とか思うだけでも行けるかも?」


 「えぇ? でもできなかったですよ?」


 「それはまあ、俺も最初できなかったから、多分常識というか些細な理論でもこうすれば温度が下がるんだって理屈を考えたことで認識が変わってできるようになったのかな? さっきの温かくなれだって俺がもうできちゃってるからそれを見て「出来るもの」としてイメージすればできるかも?」


 「んー。ウォーター!」


 マコトがウォーターで水を出したのを見て俺はそれを触ってみる。


 「お! お湯くらいの温度になってる!」


 「え!? あ、ホントだできた!」


 「はは、これでマコトもダンジョンでお風呂が入れるようになったね」


 「矜一さんのお陰です!」


 

 その後何故か温度調整や魔力の性質変化の訓練をプールで始めた今宵たちと、生活魔法が使えない……というかよく考えたら攻略道のメンバーは俺と葉月さん以外は生活魔法が使えなかったので、魔法の特訓が開始されることとなった。

 中学生組は全員が既に生活魔法を使えるので、年上に教えることができて嬉しいのかドヤりながらも丁寧に説明していた。

 まあ魔力操作の練習は攻略道でもやっていたから、コツさえつかめば今の皆であればすぐ覚えることだろう。

 生活魔法は属性魔法の基礎になるから頑張ってほしい。



 「お兄ちゃんお腹すいた~……」


 ハシャギまわっていた今宵たちがよろよろとやってくる。

 こいつ等は加減というものを知らないのか?

 電池が切れるまで全力で遊び倒す姿勢は凄い気もするが、もう少し配分を考えるべきでは?

 まあでもそろそろ日も暮れるし、料理を作り始めるか。

 俺は焚火台を取り出すと火をつけて用意を始める。


 「ほら、今宵は向うでキャンプファイヤーでも作って来てくれ」


 俺は大量の薪を取り出すと、今宵たちに渡す。


 「はーい」


 今宵はそう言うと、ヨロヨロとキィちゃんとさっちゃんを引き連れていった。


 「そう言えば、かなり凝った料理を作るんだって?」


 俺が焚火台で用意をしていると、水戸君がやって来た。


 「いや、それ誰に聞いたの?」


 「今宵ちゃん達が言ってたよ。なんか料理番組を見てモテたくて練習してたって」


 アイツ兄の秘密バラしとるやん!

 まあ今宵たちと行った時の野営でバレてはいたけど、これ攻略道のメンバーにもバレれたってことか!?


 「蒼月君も男の子なんですわね」


 「あおっちこっそりと練習してたんでしょ!」


 「これからその料理の腕が見られるんだねー」


 「楽しみ!」


 ……。

 水戸君を始まりに、東三条さん、猪瀬さん、七海さん、葉月さんが俺がモテたくて一生懸命料理を覚えたことを「知ってるんだよ」という感じで集まってくる。

 確かに水戸君が言ってたように、このメンバーならなんだか恥をかいても気にならないが、こうなんていうかバレバレじゃなくて『料理を作れたんだ! 凄いね!』みたいなギャップが良いってテレビで言っていたのに、これは何か違うくない!?


 「あー、準備に時間がなかったから何を聞いたかわかんないけど、今回は手間がかかるのじゃないよ」


 俺は昨日、手の込んだ料理も考えたんだがやはりキャンプと言えば、料理は豪快な方が良くないだろうか? と思い直して切って焼くだけのような料理をすることにしたのだ。


 「それでも楽しみですわ」


 「「うんうん」」



 俺は父さんから入手したバイソンの大きな肉塊を取り出すと、薄くスライスしていく。

 いくつかのホットサンドメーカーを取り出し、薄くスライスしたバイソンの肉を敷き詰めると、その上からとろけるチーズを肉が隠れるまでのせる。

 そして別の種類のチーズをさらに上からブレンドして塩コショウ。

 その上にもう一度バイソンのスライス肉を敷き詰めるとホットサンドメーカーを閉じて焼いた。


 肉とチーズの焼ける匂いが鼻孔をくすぐる。

 俺はその間に水に浸けておいた玉ねぎを取り出すとサラダを作った。


 隣で作っておいた飯盒炊爨はんごうすいさんからご飯を人数分わけ、焼き上がったホットサンドメーカーを開けていく。


 ジュワッと肉汁とチーズが溢れ出す。


 「出来たぞー」


 「こ、これは欲望を一纏めにした背徳感が溢れる料理ですわね……」


 東三条家で出ることは決してないだろう欲望に忠実にそったような、お洒落ではないその料理を目の前にして、東三条さんはごくりと喉を鳴らした。


 俺は炭酸をコップに注いで回ると、さらにスライスしたバイソン肉をおもむろに焚火台で焼くと、小鉢に生卵を割ってかきまぜ焼いた肉に焼肉のたれをつけてから生卵を絡ませる。

 肉は沢山あるから、チーズだけじゃなくてこんな感じで食べても美味しいよ。

 俺はそう言うと、みんなの前でパクリと肉を食べてその後ご飯をかき込んだ。

 そして炭酸をゴクゴク。


 「うめー!」


 そこからは皆が無言でチーズの絡まった肉を食べたり、自分で焼いて食べたりとそれはもう盛り上がったのだった。


 

  料理を食べ終えて、一息ついているとお湯を出せるようになった有志でプールの水を抜いてお風呂に変えて入ることにしたようだった。

 俺は一応、今回はドラム缶風呂を用意してきていたのだが、それを使う人はいなさそうなので俺が一人で使うことにする。

 水戸君と聡を呼んで、俺は水着がないから皆とプール風呂が入れないことを話し見張りをしてもらうことにした。


 「ふ~。今回の目玉としてドラム缶風呂を持って来てたけど、まさかプールを土魔法で作ることになるなんて」


 俺はゆっくりと一人でドラム缶風呂に浸かりながら、一人楽しむ。

 これはこれで風情があって良いなと思っていると、何やら今宵たちがやってきて水戸君たちと話しているようだ。

 俺たちが三人でこそこそしているのが怪しいとかなんとかさっちゃんも言っている。

 いや、怪しくないよ。

 俺は水着がないから今こっちに来られたら困るよ。

 まあ水戸君が何とかしてくれるだろうと思っていると、


 ヒューン! という音が聞こえて、バァンと火花が弾ける。


 「はっ? えっ?」


 俺は完全に気を抜いていてびくりと大きく動いてしまったせいでドラム缶のまま横に倒れてしまった。


 その後も、ヒューン パァアンという音と火花がこちらに向かってくる。

 ロケット花火と気が付いた時には俺は全裸で転がり、足音が聞こえて……。


 「お兄ちゃんコソコソと何をしているの!」


 「今宵ちゃん何もしてないからそれ以上行ったらダメだから!」


 「怪しいですね。突撃!」


 水戸君と聡はキィちゃんとさっちゃんの突撃は喰い止めたようだったが、今宵の突撃は防げず……。


 「うぎゃああああ」 「きゃあああ」


ぱおーん


 俺の生まれたままの姿を見た今宵は、俺と同時に悲鳴をあげるのだった。

 

 


 

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