第3話 初めてのダンジョン入り

 次の日……俺は、自宅から二駅あたり離れた場所にあるダンジョンの入り口にやってきた。



 昨日の夜、俺はあの後色々調べてみたのだが……どうやらダンジョンは、最初から自由に入れるわけではないらしい。

 初回は「案内人」と呼ばれる人と共にダンジョンに入り、ダンジョンについての説明を聞いたり、案内人が見守る中弱い魔物を討伐したりすることになるそうだ。

 そして、その討伐の様子を見て、案内人が「貴方は何階層まで攻略して良いですよ」というのが書かれた許可証を発行するのだとか。


 そんなわけで、俺はまず受付に行くと、「案内人」のレクチャーを受けるための手続きを済ませた。



 ◇



 手続きを済ませると……俺は別室に案内された。

 そこには俺以外にも数人、今日初めてダンジョンに入るっぽい人たちがいた。


 そのまま十数分待つと……部屋に、ガタイの良い大男が入ってきた。

 男は前に立つと、俺たちに向かってこう話し始めた。


「俺が今日案内人を担当する工藤だ。みんなよろしく」


 ガタイの良い大男——工藤さんと名乗った——は、案内人だった。

 工藤さんは続けてこう言った。


「……名簿と人数は合ってるな。細かい説明は、ダンジョン入ってからするから……とりあえずみんな、行くぞ!」


 そう言われると、俺以外のみんなが席を立ち、部屋の外に移動し始めたので……俺もそれについて出ることにした。

 だが……部屋のドアを通る直前。

 俺は工藤さんに肩をトントンされ、心配そうにこう言われた。


「……お前、顔色悪いけど大丈夫か? 気分悪いなら、別の日にしてもいいんだぞ」


「あ……大丈夫です。こう見えて、これで普通なんで」


 それに対し、俺はあまり心配をかけないようそんな答え方をした。


 確かに今俺は工藤さんの言う通り、かなり疲れているのだが……それには理由がある。

 ダンジョンに入る前に攻撃方法は心得ておこうと、朝起きてから公園でマナボールの発動方法を試していると……残りMPが1になってしまったのだ。

 どうやらMPが減ると、人間はマラソンの後のような疲れを感じるようになっているらしい。

 顔色が悪いとすれば、原因は間違いなくそれだ。


 俺のスキル<ダンジョン内魔素裁定取引>は、ダンジョン内のみで有効だからな。

 現時点での俺のMPは、一般人の自然回復分くらいしか回復していないだろう。

 だが……逆に言えば、俺はダンジョンに入った途端、元気を取り戻せるはずだ。


 それを踏まえた上で、俺は無用な心配をかけないよう、あたかも今の様子が平常時かのように答えたのだ。


「……ならいいんだが」


 すると工藤さんは、納得したようにそう言ってくれた。


「つっても……こう言うのは何だが、お前もともとあんまり体力無さそうだしな。無理せずギブの時はギブって言えよ?」


 そして工藤さんは、そう続けた。



 ……うん、まあ言わんとすることは分かる。

 俺みたいな場違いなもやし男が来たら、心配にはなるよな。

 実際俺だって、スキルを得るまではこんな働き方、頭の片隅にも無かったし。



 マナボールがちゃんと通用するかが全てだな。

 そんなことを考えつつ、俺は工藤さんに先導されてダンジョンに入った。



 ◇



 ダンジョンに入ると……途端に俺は、全身に力が漲るのを感じた。


「ステータスオープン」


 自分にしか聞こえないような小声でそう唱える。

 すると……


 ─────────────────────────────────

 古谷浩二

 Lv.1

 HP 10/10

 MP ∞/10

 EXP 0/200


 ●スキル

<アクティブ>

 ・マナボール

<パッシブ>

 ・ダンジョン内魔素裁定取引

 ─────────────────────────────────


 確かに俺のMPは全回復し、表示上も「∞/最大値」の形になっていた。



 ひとまず、ここまでは計画通りだな。

 などと思っていると、工藤さんは近くにいた魔物を一匹鷲掴みにして、説明を始めた。


「こいつは一階層にいる代表的な魔物……ネズミ—マウスだ。今回はこれを使って、必要なことを簡潔に説明しよう」


 工藤さんは、俺たちに魔物が見えやすいよう、掴み方を変えた。


 ……この魔物にネズミ—マウスって名付けたの誰だよ。

 著作権に厳しそうだな?


 ……いかんいかん、余計なことを考えている場合じゃない。

 ちゃんと説明を聞かないと。


 気持ちを新たにしていると、工藤さんはこう説明を続けた。


「まず……ダンジョンの魔物ってのは、とにかく力が強い。このネズミ—マウスだって、レベルが10を超えたくらいになると、こうやって掴むこともできるが……今のお前らじゃ、暴れるのを抑えきれず噛まれて血だらけになるのがオチだろう。……決して油断するんじゃないぞ?」


「「「……はい!」」」


 工藤さんが話を一旦区切ると、俺たち全員の相槌が重なった。


 こんな小さなネズミに血だらけにされるのか。

 流石はダンジョンだな。


 俺は、より気を引き締めて話を聞かねばと思った。



 工藤さんは……今度はネズミ—マウスの尻尾を踏んづけ、手を離した。

 そしてポケットから髭剃り機みたいなものを取り出す。

 それを片手に、こう説明を続けた。


「だが……3階層くらいまでの浅い階層の魔物なら、普通の銃火器が通用する。例えば……このスタンガンとかな。……えいっ」


 そう言って工藤さんは、髭剃り機だと思ったもの——実際はスタンガンだった——をネズミ—マウスに押し当てた。

 すると……三秒くらいして、ネズミ—マウスから煙が上がり始める。

 と同時に、そのネズミ—マウスはぐったり動かなくなった。


 かと思うと、二秒後、ネズミ—マウスはポンと音を立てて輝く石ころになってしまった。

 工藤さんは石ころを拾い、こう続けた。


「……こんな感じでな。最初はこうやって、武器を使って魔物を倒すんだ。そしたらこんな風に、ドロップ品——今回は魔石だったな——が手に入る。地味だが、初心者の頃はこうやってドロップ品と経験値を稼ぐのが大事なんだ」


 ……石ころ、魔石って言うのか。

 魔物を倒した後のことまでは調べてなかったから、初耳だな。


 そう思っていると、工藤さんはこう説明を締めくくった。


「魔物を倒してたら……じきにレベルが上がるし、魔法を覚えられるスキルスクロールがドロップすることだってあるだろう。そうなれば、魔法や徒手空拳で、銃火器が通用しない四階層以降の魔物も倒せるようになる。……そうなったらもう、一人前ってわけだ。一人前目指して頑張れよ」


「「「はい!」」」


 工藤さんの言葉に、俺たちはそう返事をした。

 そして俺たちは、次の魔物を探して歩くことになった。


「ネズミ—マウスは、戦闘態勢に入るとすばしっこいが……普段は亀のようなスピードで移動してるからな。不意打ちで即死させるのがコツだ。……危なくなったら俺が助けに入るから、一人ずつ、ネズミ—マウスを自力で倒してみろ」


 というわけで、今度は俺たちが、ネズミ—マウスを実際に狩る番になった。

 少し歩いて別のネズミ—マウスが見つかると、今日の参加者の一人が名乗りを上げ、討伐しだした。



 ◇



 そして……ついに、俺の番が来た。

 俺たちの目の前には、説明通り、亀のように歩んでいるネズミ—マウスが一匹いる。


「最後は……古谷か。武器は何か用意してるな?」


「……すみません。ただ俺……マナボールは練習してきてまして。それで倒せるか、試してみていいですか?」


 工藤さんの質問に、俺はそう答えた。

 すると工藤さんは、顔をしかめつつこう言った。


「マナボール……? 確かにあれなら、誰でも発動できるが……あの魔法、ダメージ効率かなり低いんだぞ。初心者のお前だと、全魔力を注いでようやく有効な一撃が放てるくらいだろうし……やめといた方がいいような」


 どうやら工藤さんは、俺が魔力切れでバテるのを懸念しているみたいだった。


 確かに、MP1残りでも結構しんどかったし……ネズミ—マウス討伐のために全魔力を注ぐと、普通ならぶっ倒れてしまうのかもしれないな。

 だとすれば、心配をされるのも当然のことだろう。


 だが……それは今の俺には、関係のない話だ。

 むしろ、MP10程度を込めたマナボールだと倒せるって分かったのが、幸いなくらいだ。


「これくらいで十分ですか?」


 俺はそう言いつつ……MP10分のマナボールを、掌の上に浮かべた。

 それを見て——工藤さんの表情が変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る