秋、青春
あの蒸し暑い始業式から2週間が経った。未だに、椿と佐々木は付き合い続けているらしい。夏祭りから1ヶ月くらいだから…結構続いてるな。失礼だけど、すぐ別れると思っていたから意外だ…いやそんなことは言ってはいけない。いくら今、私が非リアだからといって羨ましい訳ではない…断じて無い。
暑苦しかった夏も空けて、心地の良い風が吹く季節になってきた。窓の外を見ると、赤や黄色の服を羽織った木が沢山連なっている。秋は嫌いでも好きでもないけれど、まぁ落ち着くほうだ。
「深瀬…深瀬っ!」
「ひゃい!?」
名前を呼ぶ声の方向を見ると、そこには般若のような顔をした国語教師でもある美恵子ちゃんがいた。
――ハハハハハハ――
クラスメイトの笑い声が響き渡る。
ふぁぁ…お恥ずかしい…。
「真面目に聞け…。お前ら来年は受験生なんだから、自覚を持つように。」
ぐへぇ…受験なんて聞きたくねぇ。
「よって…窓の外を眺めて黄昏れる暇などない。わかったな?」
キランとメガネの奥から目をギラつかせてくる。ひぇ…怖い。
「はい…。」
――キーンコーンカーンコーン――
「まーちゃん…災難だったね…。」
地獄のような授業が終わり…聞き馴染んだ心地の良い声が降り注いだ。
「美澪ぃぃぃ…!ほんとだよぉぉお」
小柄な天使へ抱きつき、項垂れてしまった。あぁ…癒される。
「あの先生、私ばっかりさすんだもんマジ無理…。」
ううっ…よく耐えた私。
「そうはいってもね。あの鈴本先生の授業で窓の外見て、ぼーっとしてるあなたにも問題があるわよ?」
マイナスイオンを感じる美しい声からは想像がつかないような攻撃力を持ったお言葉を食らった。
ぐフッ…。
「椿…。大好き。」
「何よいきなり気持ち悪い。」
気持ち悪い…?酷い。まぁいつものことだからいいか。いや確かに問題があると指摘されて大好きは気持ち悪かったな。
「私、Mじゃないからな?」
「「え?どうしたの?いきなり」」
…あ。何を言っているんだ自分よ。とにかくこんなことを口走った顔面を殴ってやりたい。
「なんでもない。忘れて?」
美澪はニマっと笑うと、イタズラそうな声で
「嫌だ!まーちゃんMっ!」
と言いやがった。コノヤロウ…。
「こらこらあなた達……えっ…えむなんてそんなのはしたないわよ。」
椿は顔を真っ赤にしながら私たちに対して注意をしてくれている。どんだけピュアなんだろうかこいつは。やっぱり
「「可愛い。」」
美澪も同じことを思ったらしく、声が重なってしまった。いやだってそうだよな。こんなピュアピュア天使、可愛いって思わない方が無理だって。
「可愛いって……何よ。」
「そのまんまの意味だよつーちゃん!」
「ははっ」
思わず笑いが込み上げてきてしまった。
「何笑ってんの?まーちゃん」
不思議そうにこちらを見つめる美澪。
「どこに笑う要素があったの?」
こちらもまた、奇妙なものを見るような椿。
「いやさ、2人とも可愛いなって。2人と友達になれて良かったよ。」
「ほんとに麻紀、今日はどうしたの?」
「ほんとほんと、まーちゃんいきなり変だよ?」
2人は本気で心配してくれてしまってるらしい。
「変じゃないよ。本心ですぅ。」
ブーとぶすくれてみせた。2人は顔を見合わせると、
「「こちらこそありがとう。」」
言葉まで被さるとは思わなかったのでびっくりしてしまった。
何故だろう、こいつらと居ることが特別で1番の幸せだと思えるのは……。それはきっと肌を撫でる優しい秋風と心地よく、暖かい太陽の光のせいだろう。
「次の授業が始まるわよ。また後でね。」
「まーちゃん、つーちゃん、またねー!」
「うんまたね。」
私はそう言って、自分の席へ向かう2人へ手をひらひらと降ってみせた。
どうでもいいありふれた話でこいつらと……椿と美澪と笑いあってふざけ合う日々がこれからも続けばいい。ただ未来だけ見つめて過去なんて振り返らず真っ直ぐに。
「青春…だなぁ。」
「そうだな。」
「んね。」
……ってえ?誰?声がしたので声の主の方を向いてみるとそこには、死んだような目をした無愛想な顔の男がいた。
「矢沢!?いつからそこに?」
「そうだな…お前、Mだったんだな。」
「……だから違う!!私はMじゃない。てかそんな前から居たの?」
全然気づかなかった。失礼だがこいつ…矢沢美颯はガタイがいい割に存在感が薄い。まさか…そこら辺も聞かれてたなんて。
「ははっ必死すぎなお前。」
いつもの無表情な顔からは想像できない、柔らかな顔で笑っている。へぇこいつ、こんな顔もするようになったんだ。
「てか、俺ってそんな影薄い?」
「うん。あんたとは中三からクラス、一緒だけどほんっと影薄いよ。そりゃあもうびっくりするくらいに。」
「ひっでぇ。」
「ホントのことじゃん。」
私がバッサリ切り捨てるように言ってやると、げぇーというような顔をみせてから
「……なぁ深瀬。」
と、いきなり深刻そうな顔をし始めた。どうしたんだろう。何?と返そうとした瞬間、その言葉が発せられ私は口が固まってしまった。
「お前さ…もう………ないの?」
震えが止まらない。
「お前せっかく…」
「やめて!!」
自分でもびっくりするくらいの大声を上げてしまった。周りからの視線が、空気が冷たい。
「……ごめん矢沢。私はもう……えない。」
「……」
無の空間が出来上がる。息苦しい。矢沢は少しびっくりしたような…悲しいような顔をしている。ごめんね。
「……無理にとは言わねぇけどさ。お前、まだ好きだろ?……後悔、すんなよ。」
「……うん。」
素っ気ない返事をしてしまった。いやそれしか思い浮かばなかった。寂しさに満ちたこの気持ちを、どう伝えればいいのかわからなかったから。
「ごめんね。ありがとう。……でも私にはもう、どうにもできないんだ。」
霞む空を窓越しに見つめていたら、涼しく感じたはずの風が肌寒くなってきていた。
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