年齢詐称は然したる問題じゃない

ももいろ珊瑚

第1話 年齢詐称は然したる問題じゃない


 出逢った当初、彼女は自分は27歳と言った。


 バイト帰りに寄ったコンビニでチンして貰った弁当を、人気のない公園ベンチでっていた時。

「何をしているの? 隣いい?」と声を掛けてきた女がいた。


 それが彼女だ。



 敢えて返事せず、箸で摘んだままの温まった沢庵たくあんを口に運ぶ。


 夜の公園で何かをむさぼっている不審者に、わざわざ近寄り喋ってくる。 それも女。 顔立ちからは殆ど感じないがアクセントから異国人と判る。 こんな奴の方が怪しいだろ。


 こっちは疲れていらついてる。 ほんまにほおっておいてくれ。



 他者を相手にするのに疲れている。

 人と関わるのが苦手なのに、他人の世話する職種を選んだから疲れている。


 聞き分けのない老人は嫌いだ。 無意味な指摘をしてくる年配者も嫌いだ。 元より人間全般が嫌い。


 だから、こんな暗がりで腹を満たしている。 持ち帰ると冷たくなるから、温かいうちに食べてゴミは置いて帰るのは、ほぼ日課に等しい。



 残しておいたカツを箸で突いて食べきった後に、割り箸を力任せにへし折る。


 女は突っ立ったままだったが「これ飲む?」とペットボトルのお茶を僕に差し出し、勝手に横に座りにじり寄ってきた。


 持ってた物を後ろの植え込みに無造作に投げ捨て、それを受け取り、蓋をじる。 なんなら突き返そうと思ったが飲みかけでは無かったから、そのまま飲むことにした。



 近くのスナックで働いてるらしいこの女。「今は暇だから。 あなたの話をして。」と、せがむ。


 食べ終わって急いで帰ってする用もない。 だから軽く今のことを話をしてやった。 21歳で専門学校に通いながら、どこそこの老人介護施設でバイトしてる。 そんくらい。


 茶を飲み干すまで。 その礼として。



「あなた21? 私は27だよ」


 聞く気も無いので帰ろうと立ち上がった時、女に袖ぐりを引っ張られた。


「次お弁当食べるなら来たら? お茶タダであげる」

 自分が働く店の方を指差し、そう言った。

 僕は「行かない」とだけ、返事した。



 その後も公園で会うことがしばしばあって、弁当を食べ、お茶を貰い、軽く身の上話をした。

 何度目かには互い名を呼び、住処も知ることとなっていた。


 ある日、引っ張られる様に店へ連れて行かれて、千円払ってビールを買った。

 女将おかみが相応しいママに「義理の弟だから」と紹介され、瓶ビールを手に二階の一室に通され、幼い頃の話の続きした。


 ほろ酔いになった頃……畳のにおいに混じり独特な体臭を嗅いだ。

 イランイランと聞いたが、ロータスに近いにおい。


 帰り際に客の一人に呼び止められた。


「あんた二十歳そこそこだろ? 学生か? ひと回り以上も歳が離れてて本当に姉と弟か?」


「男と女だ。 文句あるか?」と応じた直後、そいつともう一人に僕は殴られた。 僕は、必ず仕返しはする、と心で念じた。


 奴らの話では、彼女は三十路半ばだ。



 この一件でか分からぬが、店を辞めさせられ追い出された、と僕の部屋に居着いてしまった、行き方ない彼女との同居を余儀なくされた。

 一緒に住んですぐ、彼女は家事を一切してくれないことを知る。


「少しはやって欲しい。」の一言に、彼女は「したことも無いし出来ない。 故郷の独身女性はこれが当たり前。 あなたは結婚してくれ無いから私もしない。」と僕を責め立てる。


 こんな女だが、三食用意して身綺麗にさせて養う。



 食い扶持ぶちが増え、補うためバイトを増やすと、反比例して出席日数が目減りする。


 疲れて帰り、朝出たままの室内を目にすると勉強する気力が失せる。 そのうちもう学校に行く段取りを考えるのさえ疲れ、それも止めた。


 一年半、出逢ってからを足せば二年そこそこの期間だった。



「一緒に泊まらせる。」と、彼女の日本人の友人と引き合わされた。 僕より二歳ほど上で、何処ぞの院卒なのに、僕の彼女より偉そぶる常識を欠いた馬鹿女。


 何泊かさせてやってその日。 彼女が買い物に出ている時を見計らって、この女が僕に言い放った。


「私はあの人の実娘むすめで父親と暮らしていたが、母と住むためにここへ来たら、男と居るとは聞いてなかった。 別居しているが両親は離婚していない。 この部屋は母が借りてて母のものよ。 他人のアンタが出ていくべきでは?」



 25歳の娘? 結婚していて未だ籍も抜けてない? はたまた言うに事欠いて、他人は出て行けだと?


「僕が借りた部屋だ! お前が出て行け。 何ならあいつも連れて。 嫌なら部屋ごと引き払う。 それが本当なら……聞くが一体、あいつは何歳なんだ?」


「何歳って娘の私が25なのよ? 23のアンタの母親と変わらないでしょうよ。 あちらで結婚して、日本に戻ってから私が生まれたから。 単純計算しても46、47……50前後? でもそれの何が問題? 幾つだって母は母でしょ。 私だって、パスポートを見せて貰えないから知らないわよ。」




 そうだな幾らサバを読んだっていいよ。


 それ以上にそれ以外の振り幅が大き過ぎ!


 その限度ってのも解らない!


 信じられない、信じられない、信じられないだろ!


 親の年齢が分かってないこいつも、子に歳を隠すあいつも、まったく言うことが全部!


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