多世籍企業モスト

@96culo

第1話

この世界に生まれ落ちて70年。


俺は機械と科学が発展していた地球から幾千幾万の魔術が歴史の中枢にある地球へと記憶をもって転生し、数を使えて評価される時代において1つの魔術で生き抜いてきた。


人はそんな俺を馬鹿にして嘲笑し、そのまま離れていく。


そんな有象無象を奴等が嘲笑った俺自身で捩じ伏せ、ある程度の地位を成し、ある程度の財を得て、幸せな家庭を築いた。

もう満足だ。

これ以上はもう要らない。


………いや、それは嘘だ。


俺の知的欲求は、本能にまで刷り込まれているようでどうしても知りたくなっていた。


俺の人生(魔術)は果たしてどこまで通用するのか。


とはいえ、齡70。

この世界では平均寿命を20年も越えている老体だ。

他の老人よりは健脚に自信はあるが、世界を巡る旅というのは無理がある。

ならば、最期の我が儘を家族に許して貰うとしよう。


遺産の相続は手配した。

手紙も曾孫まで書き、準備だけで2ヶ月を要した。

思い出も、金銭も、何もかもここに置いていく。

この身は残るのは人生の証のみ。


いざ逝かん、霊峰富士の山頂『天に近き場所』へ。


そこは機械と科学が発展した地球とは異なった場所だった。

地脈と天脈が重なり、厳しい自然現象と吹き荒れるマナの暴風で中腹より上には人を寄せ付けない。

因にだがこの地球でこの山を登頂した者は確認されていない。

魔術に頼るこの世界の住人に取って、マナの暴風は魔術を阻害する要因でしかない。

そんなところに登ろう等と思う人間は多くはなく、たいていは霊峰の圧力に屈して踵を返してしまう。

そんな場所をこの老体が越えていけるのは、一重に日頃の鍛練による恩恵なのだろう。

肉体と精神と魔力の3つは密接に絡み合っている。

その在り方を意識的に変化させることで、ここのマナを体内に取り込み、凍傷するであろう気候ですらも、吹き荒れる嵐ですらも越えていった。


思いの外、頂上は開けていた。

1度、前の世界で富士山に登ったことはあったが、間違いなく向こうよりも高いだろう。

そんな場所にお誂え向きな岩がある。

大きな岩だ、ここに名前を刻めば後の世に名声を刻むことが出来るだろう。


「何を馬鹿な。」


体内で練り上げた魔力を1つの塊として弾き出す。


ショット。

古式では魔弾と呼ばれる基本的な魔術で俺が使える唯一の魔術だった。

その一発が岩を砕く。


そうだ、俺は名前刻みに来たのではない。

俺は自分という存在の証明を……。


『ならば、その一念』


雲海を眺めていた筈の頂上に闇が下り、一筋の光が落ちた。


「俺が試してやろう。」


その存在と相対した瞬間から別次元のもと確信していた。

体の芯から震えさせる存在感を放っている。

20年ぶりに感じる命の危機からか、久しく忘れていた感情が沸き上がると震えが止まった。

そして、ふと無為な考えが頭に浮かぶ。


現実的に70の老人が登頂できるわけもあるまい。


……そうか、これは夢なのか。


ならば、どうか最後まで夢を覚めないでくれ。


気が付けばおぼろ気な輪郭の相手に笑みを返したところでお互いが動き始いた。


闘いは2時間程続いた。

全盛期を過ぎ、体力も気力も衰えており昔のようには動かない身体ではそれ以上の時間は用をなさない。

時間制限をかしたこちらに対し、相手は自然現象の塊のような存在だった。

手を振れば海を割り、足を蹴り上げれば山を貫くであろう。

そんな一撃を受ければ、人間の五体等は吹き飛び跡形も残るまい。


闘いの中でどちらからか笑みが溢れ、それが相手に伝播していた。


最期、膝を付きながら繰り出した拳は相手の胸の真ん中を捉えていた。


「………見事。」


我が一念は、ここに証左を得た。


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