第228話 毛むぐり 4

 なんだか得意げなあおは、海神わだつみを胸に抱き寄せると、耳元で何かささやいている。

 幸せでたまらないという表情のあおと対照的に、海神わだつみはピクリと眉間を震わせ、目をふせてしまった。

 その首筋は瞬く間にほんのり桜色に染まっていく。


 とてもわかりにくくはあったが、海神わだつみがどうやら恥じらっているのだということが伝わって来て、なんとなく気まずさから視線を逸らすと、苦笑しているしょうと目があった。


 勝の手の平では一匹の毛むぐりが顎をあげ目を細めていて、なんだかとても気持ちがよさそうだ。


 都古みやこ光弘みつひろの手の中にも、同じように小さな毛むぐりがそれぞれ心地よさげに身体を預けている。


 「・・・・・・真也。まずは、どの色を使ってもこいつらを掴むことができるよう鍛錬しろ。」


 いつの間に俺のすぐ後ろに移動してきたのか、あおがさきほどとはうってかわって真剣な表情でたたずんでいた。


 「君の力の使い方は、根本が違っている。昨日君が出した刀は、力を刀の形に固めただけだった。木刀で殴り斬っているような状態だ。力の乗せ方と想像力を磨けば、もっと自由に・・・強力な能力を使えるようになる。」


 あおの言う通りだった。

 今の俺は、粘土を固めるみたいに力を無理やりこねて形にしている。


 「完璧に使いこなせるようになれば、他人の身体を自分の妖力で覆い、力や念を無理やり抑えこむことだってできるんだ。ただし、互いにかなりの危険を伴うし、全身を覆うとなれば、恐ろしいほどの妖力を必要とする。だから普通はやらないし、よほどの奴じゃなきゃできないけれどね。」


 確かに。

 指先をぴたりと包み込むイメージを形にもっていくだけでも、かなりの精神力を使う。

 さらにその状態を保ちながら動かすとなれば、相当な鍛錬が必要になるだろう。


 ましてや相手の動きに合わせ、その全身を隙間なく覆うなんてこと・・・・・・考えただけでも気が遠くなりそうだ。


 あおの言葉を飲み込みながら一心に考えこんでいると、あおは微笑んで、温かい手を俺の肩に置いた。


 「ここにいる毛けむぐりの捕獲・・・しばらく続けろよ。昨日のやつらのことは気にするな。どうせしばらくは動けない。・・・焦らなくていい。色々試してみるんだ。」


 「ありがとう。やってみます。」


 俺が笑顔で答えると、あおは得意顔でうんうんうなずいた。


 ふと蒼の後ろへ視線をやると、いつの間にか海神わだつみが、あおから少し離れ、沈んだ表情の光弘みつひろの元へ静かに歩み寄っている。

 黒く澄んだ双眸で、海神は光弘みつひろの薄茶色の瞳を、じっと見つめた。


 はっとして目をわずかに見開いた光弘に、海神は深く落ち着いた声を聞かせる。


 「光弘・・・。お前が離れている時に、黒に危険が及ぶようなことは、絶対にさせない。あまり気をもむな。」


 「・・・海神わだつみ。」


 光弘はふとした瞬間に、黒を心配するあまり不安に飲み込まれてしまうのだろう。

 海神わだつみはそれに気づき声をかけたのだ。


 「ありがとう。・・・黒のこと、お願いします。」


 光弘みつひろの、わずかに寂しさをにじませた真剣な表情から、黒を想う気持ちの深さが伝わってきて、俺はほんの少し切なかった・・・・・・。

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