第225話 毛むぐり 1

 海神わだつみあおに続き水端みずはなの門をくぐった、俺、しょう光弘みつひろ都古みやこの4人とゆいが見たのは、広く平らな草原と、まぶしく水面を輝かせる大きな川だった。


 一歩足を踏み出した途端、足元のフワリとした柔らかさに驚き、俺は立ち止まった。

 しゃがみ込んでよく見ると、それは草ではなく、なめらかな毛のようなものでできている。


 心地よい風が吹くたび、柔らかくコシのある毛並みを、ドキッとするほどの美しさで波立たせ、壮大で華麗な波紋を彼方へと寄せていく。 


 「君たちには、毛むぐりを捕まえてもらおうとおもってさ。」


 「毛むぐり?」


 「そう。・・・これのことだ。」


 聞きなれない言葉を紡いだあおの顔を怪訝な表情で見つめると、彼は、やにわに自らの長い髪の毛の先をむしりとった。

 あっけにとられている俺たちの目の前に、掴んだままの毛の束をみせてくる。

 俺たちの視線を恥ずかしがっているかのように、艶やかな黒髪の束はするりと動いて、あおの手首に絡みついて鼻先をうずめた。


 「ここはボクの友人が毛むぐりを育てている、いわば牧場なんだ。ボクのように変化を自在とする者には必要ないが、こいつらは懐けばとても便利だ。化けることが得意でね。思うままに髪の色や長さ、身体の一部に姿を変えることができる。・・・おい。ボクはお前に要はないと言っただろう。あっちへ行け。」


 細長い狐のような正体を現した、小さな毛むぐりが、スルスルと艶やかな身体をあおに嬉しくて仕方がない様子で絡めている。


 あおは、自分に巻き付いていた毛むぐりをうっとおしそうに手で払いのけたが、追い払われしゅんと元気をなくした毛むぐりが、海神わだつみに向かおうとしたのを見ると、すかさず鷲掴みにし、不機嫌そうに目を細めた。


 「海神わだつみはボクのものだ。彼には懐くな。」


 あおの手の中で、嬉しそうにぷーぷーと鳴いている毛むぐりを、いかにも仕方ないといった様子で、あおは再び自分の腕に巻き付けてやる。


 「あお・・・。」


 海神わだつみはピクリとほんのわずかに眉を動かし、目を伏せた。


 海神わだつみ・・・なんて顔をするんだ。

 海神わだつみまで、小動物相手に本気でやきもち焼いちゃうのか?

 この人たちって、ホント・・・・・・。


 俺は心底呆れながら、目に毒な二人の姿を視界から無理やり外すと、毛むぐりを探し始めた。

 だが、どこにいるのか、恐ろしいほど見つからない。


 俺の後ろで、毛むぐりを見つけたらしい勝と光弘と都古が、騒いでいる。


 「真也しんや・・・・・・。毛むぐりは同化を得意としている。目で存在を知るのは難しい。」


 気づくと、海神わだつみが俺のすぐ後ろで様子を見ていた。


 「お前は全ての色の妖気が使えるのだったな。・・・得意な色でいい。波紋を広げるように、その気を薄く広く、放つことはできるか。」


 海神わだつみの言葉にうなずくと、俺は意識を集中させ、言われた通り一つの色を選び、弱く広く放った。

 すると、俺の放った気の先にある様々な者の息吹や姿形が、手のひらで撫でて感じるように、繊細な感覚として流れ込んでくる。


 海神わだつみは、わずかに目を見開いた。

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