第223話 祝言


 白妙しろたえ海神わだつみに見守られる中、妖月の面々の温かな祝福を受けながら、久遠くおん翡翠ひすいは、ささやかだが幸せに満ち満ちた祝言を挙げた・・・・・・。


 二人の血縁に連なる者は、あのじゃに犯された久遠の父以外いなくなってしまっていたが、宴は寂しいものにはならなかった。

 白妙の呼びかけで、加具土命かぐつちをはじめとした豪奢すぎる顔ぶれがそろって駆けつけてくれていたのだ。


 翡翠が恐縮していると、いでたち同様、豪快な質の加具土命が、高く笑った。


 「翡翠!何を小さくなっておる。主役はお前だ。堂々としていろ。・・・どれ、儂が一つお前の為に、花を添えてやろうではないか。」


 加具土命は手にした大振りの盃に並々と注がれた酒を一息に煽ってしまうと、ふっくらと艶のある唇をぺろりと舐めた。


 胸の前で印を組み、天に向かい高く腕を突き上げると、両手の先から橙の火柱が天高くあがり、渦を巻いて神々しく巨大な龍の化身を作っていく。


 海神わだつみが眉間を険しく寄せ、すかさず結界を張っていた。


 「加具土命・・・お前はもう少し慎みを知れ。」


 海神に咎められ、加具土命かぐつちは不思議そうに首をかしげる。


 「おや、海神わだつみよ。・・・お主がいるからやっておるのに、なにをおかしなことを言う。お主がいるからこそ安心して、儂は全力で力を使っているのではないか。いなければこのような真似はせん。そんなこともわからぬとは、案外馬鹿な坊やなのだな。」


 ニカリと太陽のような笑みを見せ、炎の形を次々と変えていく加具土命かぐつちに、海神はため息をついた。


 「このような阿呆は見たことがない。私が結界を張らねば二人は焼け死んでいたのだ。笑えん。」


 初めて耳にする、海神わだつみの憎まれ口に、白妙はわずかに驚きながら、二人をなだめる。


 「祝いの席だ。争うのはやめろ。」


 白妙の言葉に海神わだつみはしょんぼりと肩を落とし、短く謝罪を述べると、社の隣へうつっていってしまった。


 「おお!すまんな。そういうつもりではないのだ。・・・どれ、次でしまいだ!」


 白妙の言葉などたいして意に介さず、加具土命かぐつちは両手を広げ、神々しく巨大な炎の鳥を形作った。


 「全て大陸に伝わる吉兆の神獣の姿よ。久遠、翡翠。お前たちの幸せを心から嬉しく思うぞ。」


 光り輝く鳳凰は、ヤマブキの光をたなびかせ、光の粒となって天に溶けた・・・・・・。


***********************

 

 祝言をあげた久遠と翡翠は、彼呼迷軌にある白妙しろたえの館の離れに小さな東屋を建て、そこで睦まじくこのうえない甘い時を過ごした。

 が、一方では白妙と海神の元、各々厳しい修練を日々続けていく・・・・・・。


 人の身である久遠くおん翡翠ひすいが、白妙しろたえ海神わだつみに及ぶほどの力を得るには、相当の時と努力、そして痛みを要した。


 特に久遠の努力は凄まじく、翡翠の支えと海神わだつみの指導をよりどころに、文字通り血を吐く鍛錬を日々続け、気づけば数百の年月を重ねていた・・・・・・。


 そうしてついに歴代最強の執護あざねとして、神妖たちの信頼を得た時、ようやく久遠くおんは、翡翠と共に子を育てる決意を固めることができたのだ。


 執護の役を外れ彼呼迷軌の加護を解かれた、久遠と翡翠は、生まれ落ちた都古みやこという名の宝玉を、こよなく愛し慈しんだ。


 彼女が物心つくまでの短い間ではあったが、ただ人として穏やかで満たされた時を三人で心行くまで過ごすと、久遠と翡翠は再び時の流れを外れ、執護の任へと戻っていったのだった・・・・・・。

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