第219話 願望 3

 「白妙しろたえはあのように言ってくれてはいるが・・・私はすでに、これ以上ないほど身勝手に・・・わがままに生きている。気遣われるような身ではない。お前たち人の生は儚い・・・。無駄に時や心を使っていられるような存在ではないだろう。余計なことに費やす時間があるのなら、その分自らの生き様を想いなさい。私には構うな。」


 氷雪の表情のままである海神の、形の良い薄い唇から吐き出された言葉は、凍える響きを持つものばかりだった。

 だが、ここに集まる者たちの中に、その言葉が放つ表層の冷たさに惑わされる者は、誰一人としていない。


 みずはは哀し気な表情で、小さなため息をついた。

 この海神わだつみという者は、いつもそうなのだ。

 不器用で優しく、このうえなく周りの者をあまやかしてくれるのに、自らには茨で鞭うつかのごとく厳しく相対し、一切緩めることをしない。

 そしてそのことが、自分を慕う者たちの心を切なく締めあげているのだということに、この鈍感な男は気づかないのだ。


 それまで黙って彼らのやり取りを見ていた白妙は、くつくつと笑いながら、海神わだつみの肩に手を乗せた。


 「今日は随分と口数が多いな、海神わだつみ。・・・・・・なのになぜ、二人の質問には答えてやらない。」


 「・・・白妙。」


 「お前のことを大切にさせてくれないのか。自分たちを信用していないのか。嫌っているのかと・・・・・・問われているではないか。答えずにただ命じるだけというのは、あまりにも乱暴で子供じみている。・・・誠意がない。」


 白妙の言葉に、海神わだつみは僅かに眉間を歪めた。


 「白妙しろたえ。私はお前を好いている・・・・・・。そのお前の傍に、信用できない者や嫌っている者など、置くわけがない。」


 「海神わだつみ。それはそこな二人に言ってやれ。問うたのは、私ではないぞ。」


 突然目の前で紡がれた愛の言葉に、久遠と翡翠がわずかに頬を染めたのを苦く笑って見つめ、白妙は海神わだつみの身体を二人の前へと押し出した。


 海神は俯き言葉を詰まらせる。

 氷のような表情は変わらぬままだったが、つややかな髪の隙間に覗くなめらかな首筋はほんのりと桜色に色づき、明らかに恥じらいでいる。


 白妙は小さく笑い、小さな子供にするように、海神の頭を撫でた。


 「恥ずかしいか、海神。まるで幼子のようだな。」


 「白妙しろたえ。私で遊ぶのはやめろ。」


 「遊んでなどいないよ。・・・なぁ、お前の負けだ。お前はその二人をこれ以上ないほど気に入っているではないか。諦めて、二人に大切にしてもらえ。お前から私への頼み、今回ばかりは聞くわけにはいかん。あれは無しだ・・・。二人はお前に返すよ。」


 くすぐったそうに笑い続ける白妙だったが、ふいにその袖を引くものがある。

 見ると、細い指で衣をキュッとつかんだ翡翠が、真剣な表情で上目遣いに見つめてくる。


 「白妙しろたえ様。他人事ではありません。あなた様にも申し上げているのです。」


 「翡翠・・・お前・・・・・・。」


 ・・・・・・白妙の美しい顔から、笑顔が消えた。

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