第186話 翡翠の願い
白妙は頭がわれるような・・・吐き気をともなう激しい頭痛におそわれていた。
あまりの痛みに内臓がこわばり、背筋に冷たい脂汗が吹きだす。
虫のように手足を縮ませ身体中を小さく丸め、時には激しくのけぞり、食いしばった歯の隙間からうめき声を漏らし続ける。
誰もいなくなったことを確認し、白妙の私室へ戻った
「行ったよ。」
久遠の言葉に、
たとえわずかな間であったとしても、大切な者が苦しみもがく姿を見せられれば心がずしりと岩を乗せられたように重くなった。
「そんな顔をしなくとも、白妙は大丈夫だ。・・・・黒は、完全に防御を解き、甘んじて全ての攻撃をその身に受けていた・・・・。もし彼が少しでも抵抗していたなら、白妙は苦しむだけではすまなかった・・・・。」
久遠の言葉に、翡翠は静かにうなずいた。
「今はただ、使い慣れない力を激しく行使したために、酷い筋肉痛になったような状態なのだ。明日になれば、痛みも少しは落ち着くだろう。ただ・・・・」
ふいに、白妙が身じろぎながら薄く口を開いた。
「宵・・・闇・・・・・。」
白妙の美しい唇がひっそりと・・・・・切なく呼んだその名に、久遠と翡翠はたまらず目を伏せた。
「ずっと・・・・彼を、呼んでる。」
「・・・・ああ。問題はそれだよ。この熱は普通のものではない。昨日から一度も目覚めないままでいるというのも・・・・。」
久遠が蒼から白妙を受け取った時、彼女は女の姿へと変容していた。
途方もない時の彼方から、たった独り自分を押し殺し、大切な者の思い出を守り続けてきた白妙の心が、黒と向き合ったことでようやくありのままの白妙として放たれたのかもしれない・・・・・。
そう感じ、翡翠はあふれる涙を抑えることができなかった。
「私は身勝手な人間です。例え大罪を抱えていても良かったのにと・・・・。彼女の愛した宵闇に、生きていて欲しかったと・・・・。どうしようもないほど強く願ってしまうのです。」
久遠は何も答えられなかった。
自分も、一度は生きることを手放した人間だったからだ。
「・・・・なぜ彼は穢れ堕ちたのでしょう。そんなことをすれば、白妙とともに生きることは、叶わなくなると分かっていたはずなのに・・・・。なぜ、罪を償いながら白妙と生きてやる道を、選ばなかったのでしょうか。」
「・・・・・・。」
「白妙には、宵闇が必要なのに・・・・本当は彼だけしか、いらないくらいに。・・・・私は、彼女に幸せになって欲しい。」
久遠は、遠い過去に決して叶うことのなくなった壊れた願いを、潰れそうな胸の内で彼女とともに祈りながら、翡翠の髪をそっとなで、強く抱きしめた。
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