【番外編】年の瀬 2

 勝がみかんの箱を担いで真也の母の元へ戻る少し前、ちょうどカニの特売放送が流れ出した。


 店内がザワリとざわめき、待ってましたとばかりにそちらへ向かって一斉に人が動き出す。


 これは・・・・ヤバいんじゃないか。


 「おばちゃん。俺、光弘を見てくる。」


 みかんの放送が流れた時と、全く違う店内の雰囲気に嫌な予感を感じた勝は、みかんをカートへ乗せると、すぐさま光弘の元へと向かっていった。


 勝と入れ違いに戻って来た俺は、肉のパックをカゴの中へ放り込むと2人の様子を見に向かった。


 これは・・・・酷いな。


 カニのコーナーは、絵にかいたようなバーゲンセール状態だった。

 満員電車の中だってもう少し整然としている。


 人が押し寄せる波の中へ目をこらすと、光弘の深緑色の上着が一瞬見えた。

 だが、見えた位置がおかしい。


 俺は慌てて光弘の上着が見えた辺りへと突っ込んでいった。


 殺伐とした空気の中、人を無理矢理押しのけて前に進むと、一番前で光弘が身をかがめていた。


 癒が光弘の周りにだけ小さい結界を張り、彼が押しつぶされないよう守っている。


 光弘の足元には、押されて転んでしまったらしい年配の女性の姿がある。

 光弘がどいてしまえば、たちまち彼女は人込みに押しつぶされてしまうだろう。


 「大丈夫かっ。」


 俺は前へ出て、彼女を立ち上がらせようと手をつかんだ。


 「おい!ガキが割り込むな!」

 「さっきから邪魔なのよ。」


 喧騒の中、そんな声が響いた。

 よくよく耳を傾け、周囲の視線を意識してみると、皆一様にこちらへ嫌な視線を向けていることに気づく。


 光弘はこの視線から耐えていたのか・・・・。

 俺が少し怒って口を開きかけると、身体にのしかかっていた人の重みが消え、頭上から陽気な声が降ってきた。


 「いやぁ。これだけ派手に混んでると、逆に楽しくなってくるな。年末満喫してるぞって感じでさ・・・・。」


 自分の身体を壁にして、勝が俺たちの周りに隙間を作った。

 彼の口からこぼれた前向きな言葉に、辺りに流れていた殺伐とした空気が一気に薄れていく。


 「サンキュー、勝。」


 俺は光弘と一緒に女性を立たせた。

 勝が長い手をのばして、カニのパックを1つ取って持たせると、彼女は何度も頭を下げ、人込みを抜けていった。


 その時、さっき俺に文句を言った男が、別の女性を突き飛ばすようにして前に出てきた。


 こいつっ・・・いい加減に・・・・


 『来るな』


 俺がそう思った時。

 光弘の声が響いた。


 男は目を見開いて、その場を離れていく。

 途端に、カニコーナーの一部から驚きの声が上がった。


 「カニが!」


 どうやら光弘の声に反応して、まだわずかに息のあったカニたちがパックを突き破って暴れ出したらしい。


 勝は苦笑すると、カニの足がたっぷりつまったパックを光弘へ渡した。


 「行こうか。」


 俺たちはカニ騒ぎで盛り上がる店内を早足で抜けると、レジの近くで待機していた真也の母に駆け寄った。


 途中のおかしコーナーで手にしたチョコレートを妹の土産用にカゴにこっそり入れる。


 「母さん、今のうちに会計行こう。今なら混んでないよ。」


 店内の野菜コーナーや店内のあちこちから、「野菜が急にでかくなった!」と悲鳴のような声が聞こえてくるのを背に、俺たちは素知らぬ顔で店を後にした。


                           番外編 年の瀬 終

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