第160話 宵闇の心 4

 「宵闇!!」


 白妙の悲鳴のような叫び声が響いた。


 黒は再び宵闇の身体を支え、他の誰にも聞こえないよう、彼にささやいた。


 「僕はどうすればいい。・・・・あなたを、救いたい。」


 黒の言葉に宵闇は激痛に顔を歪めながら、なんとか微笑んでみせた。

 瞳に宿る赤い光をどうにか自我で抑え込もうとしているが、張り裂けた魂はほとんどちぎれかけていて・・・・今黒と話しているこの宵闇の魂は、砕け散りそうな程弱っていた。


 「・・・・お前にこんなこと、頼むべきじゃないのは・・・わかってる。・・・だけどもう、限界なんだ。」


 「・・・・宵闇。」


 黒は、宵闇が自分に何を望んでいるのか理解した。


 「ごめんな。・・・・俺がもっと、綺麗な気持ちで白妙を愛することができてたら、よかったのに・・・・。」


 「・・・・宵闇・・・・あなたの白妙への想いはいつだって、誰よりも・・・・何よりも美しく、尊く僕の目に映っているよ。・・・もう、自分を傷つけないで。あなたはなにも、悪くないんだ・・・・。」


 黒はそっと宵闇を地面へおろし、愛刀である紗叉さしゃを引き抜いて宵闇と対峙した。


 「ありがとう・・・・ごめんな。」


 駆け寄ってくる白妙を遮るように、黒は自分と宵闇の周りに風を巻き起こした。


 ゴウゴウと音を立てて風が逆巻く中、黒が唇を動かし宵闇に何かを告げると、宵闇は目を見開き涙を溢して、それに答えた。

 黒は微笑み再び口を開いたが、宵闇は首を激しく横に振っている。


 風が止み、再び静けさが戻ると同時に、白妙と彼女に寄り添う海神の姿があらわになった。

 それを目にした宵闇の瞳が再び真っ赤に染まり、同時に宵闇の身体を薄紅色の閃光が一筋、音もなく走った。


 白妙の叫び声が辺りを引き裂くように響き渡り、彼女は力なく崩れ落ちていった。


 真っ赤な血しぶきを花びらのように撒き散らしながら、地に落ちていく宵闇を抱き止め、黒は感情を殺した瞳で彼の瞳の奥底を見つめる。


 「お前・・・俺の為に、もう何もするなよ。・・・もう、十分なんだからさ。・・・白妙を、頼む・・・・。」


 黒は宵闇を抱く腕に力を込めた。


「ああ・・・・。また、お前に・・・琴を、やれなかった・・・な。」 


 黒は宵闇の最期の言葉を聞き届けると、たもとから小さな緑色の石を取り出した。

 光を浴びるとそれは、たちまち桜の色へと色味を変えていく。


 血に濡れた宵闇の黒い衣の上から石をあて、黒は口の中で何かをつぶやいた。


 宵闇の身体は包み込まれるように淡く輝き、わずかに残っていた宵闇の心と純粋な魂が、小さな光の欠片となって、黒の身体へ吸い寄せられるようにしみ込んでいく。

 

 「待つよ・・・・。大丈夫、それまでは君からもらった、あの楽器があるから・・・・。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る