第157話 宵闇の心 1

 宵闇は、自らの犯した大きすぎる過ちと、制御できない自分の心に、闇の中、ただ独り怯えていた・・・・。


 自分の身は一体どうなってしまったのだろうか。


 白妙と別れ、宵闇はしばらくの間人知れず彼女を見守って過ごしていたのだが、海神と共に過ごす白妙を目にするたび、抑えようもないほどの殺意が激流となりこみあげてきて、ついに自分を制御しきれなくなった。


 宵闇は自身を闇の結界に閉じ込め堅く封じた。

 それから何年もの間、心を食い破り暴れまわろうとするどす黒い狂気と、たった独りで向き合いながら、必死に抑え込み続けていたのだ。


 もう、これ以上何も傷つけたくないと願うのに、心に巣食った狂気が、理性を無視してどうしても暴走してしまう。


 同じ過ちを犯すような愚かな真似は、絶対にしない・・・・しかし・・・・。


 「白妙・・・・・ごめん。俺もう、限界かもしれない。」


 彼の心は引き裂かれ、二つの別の生き物が一つの身体を支配しようと奪い合っているかのようだった。


 頭が割れるような頭痛と、心臓が引き裂かれるような激痛を感じ、宵闇はひたすら叫び声を上げた。

 激しく呼吸を乱し涙を溢れさせながら、波のように打ち寄せる死を望むほどの激痛に、身体を丸めのたうち回る。


 それでも宵闇が自ら命を断とうとしないのは、過去に彼が白妙と交わした、たった一つの約束のためだった。


『・・・・君が何を選んでも、俺だけは君の傍らを離れないから・・・・。君は、好きに生きていい。俺が近くにいなくても、君はいつだって独りじゃないってことを・・・・何があっても忘れるなよ。』


 その誓いだけが、指先だけでぶら下がっている彼の心を、かろうじて繋ぎ止め支え続けていた。


 どれだけの時が経っただろうか。

 宵闇の喉は涸れ、かすれた悲鳴すら出てこなくなった。

 力を失い無造作に投げたされた四肢が、ピクリと震える。


 虚ろな瞳にかすかな赤い光が宿ると、宵闇はおもむろに起き上がった。

 肩を回し手を開いたり閉じたりして、自身の身体を確かめる。


 「白妙は、俺のものだ。・・・・海神。・・・・あんな小僧になど、渡すものか。」


 宵闇の黒い瞳は、煮えたぎるような嫉妬でギラギラと燃え盛り、なぐりつけるような重い殺気を不気味にまとっていた。


 「そうだな・・・この世界に、俺と白妙以外のものが存在するから、問題が起きるのだ・・・・・。」


 宵闇は不吉な言葉を吐き出し、瞳を紅く光らせると、自身を縛っていた結界を一瞬で砕き、上空へと駆け上がっていった・・・・・。


 天空から神妖界を見下ろし、宵闇は白妙の気配を探った。


 10年ほど経った今も、白妙は、海神とともに、水神殿で過ごしている・・・・。

 宵闇の心にどす黒い、やにのような嫉妬心が、べったりとまとわりつき、彼の精神を重く濁していく。


 宵闇は苦々しい表情を浮かべ、水神殿の前に降り立った。

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