第142話 龍粋と長 2

 仮面の子供を休ませ、場所を移した神妖の長と龍粋りゅうすいは、しばらく何も言葉を交わすことがなかった。


 長は茶の湯道具を用意させると、手ずから仙桃を煎じたお茶を小ぶりな白磁の湯呑へ注ぎ、龍粋へ勧めた。


 「飲みなさい。あの子も好きな茶だ。心が和む・・・・。」


 馥郁とした甘くすがしい桃の茶の香りは、龍粋の胸の奥を満たし、人知れず嵐の中に放り込まれ凍えながらも独り抗っている龍粋の、冷えた指先を温めながら、ようやく重い口を開かせた。


 「・・・榊の占いに、災いの影が現れ、消えないのです。・・・・幸い、貴方の命には危険は示されていません。・・・ですが、悪意ある影が貴方を取り囲み、全ての出口を塞ごうとしている。・・・・神妖界全体の力も弱くなるという相が・・・・この地が、大きな災いに襲われる恐れがあります。」


 日頃穏やかな表情を崩さない神妖の長も、龍粋のこの言葉に表情を険しくし、口元に手をあてて深く考え込むと、しばらくの沈黙の後に、ようやく口を開いた。


 「・・・一つ。気になったことがある。」

 「なんでしょう。」


 長は、日頃まとっている、すこしぼんやりとしたような優しい気配を微塵も感じさせない、凛としたたたずまいで龍粋を真っ直ぐ見据えた。


 「正直なところ私は、自分がいなくなったところで神妖界の存続に影響を及ぼすことがあると思ってはいない。・・・・宵闇も白妙もいるし、なによりここには・・・君がいる。あらゆる視点から考えて、対応できないことは少ないだろう。」


 龍粋は、長の視線を受け止めながら、何も言葉にできずにいた。


 「隠さずに教えて欲しい。・・・君は、さっき『私の命には、危険はない』と言っていた。・・・・では誰が、命の危険にあるのか。」


 「長・・・・。」


 「・・・君には、水神殿を共に支える者がまだ見つかっていなかったはずだ。君の身に何かあれば、水神殿を継ぐ者が絶えてしまう。・・・・君は黙っているが、幼子を一人傍においたのだろう。・・・さっき君が言っていた、神妖界の力が極端に落ちる、ということもあわせて考えれば、答えを導き出すのは、難しい事ではない。・・・・・君が無事であれば、神妖界が危機に陥ることは・・・あり得ない。」


 龍粋は、美しい柳眉を苦し気に歪めた。


 「先読みを違えることは・・・・叶わないのか。・・・君を、失いたくない。君は私の・・・大切な友だ。」


 長の言葉に、熱く胸を打たれながら、龍粋はただ首を横に振ることしかできなかった。


 「龍粋・・・・。」


 「榊の占いで示されるものは、ただの先読みの占いとは違います。紡がれた先の未来を描いている・・・・・糊の上に描かれた砂絵のようなものです。砂を何度はたいても、地に描かれているものは変えられない。違う砂が流れ込んできて、必ずまた同じ絵を描く。」


 龍粋は微笑んでいたが、長の心の中にその大きな苦しみが伝わってきて、胸を塞いだ。


 「ボクのことより、まずご自身ををお守りください。・・・・まだ、未来は揺れ動いています。今ならばまだ、間に合うはずだ・・・・。」

 

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