第138話 宵闇の記憶 3

 白妙は、冷徹に見えるその表情とは異なり、自分に対する他人の目に無関心でいられる質ではなかった・・・・・。


 水鏡に映る自らの顔を、哀しみの表情でうつむいて眺めている姿も・・・澄んだ瞳から零れ落ちる透明な雫が、水面に小さな波紋を作るさまも・・・・宵闇はどんな時も白妙を見守り、彼女を傍らで支えてきた。

 

 自分が常に傍にいれば、白妙にかかるほこりを少しははらってやることができる。


 だがどんなに宵闇が注意深く見守っていても、指の間をすり抜けるように白妙に向かっていく心無い言葉や小さな悪意が、白妙を傷つけることは多かった。

 その度に、宵闇は白妙のために小さな帳を降ろし、彼女を元気づける。


 「宵闇。お前の帳は、いつ見てもとても見事だ。美しい・・・・ありがとう。」


 「・・・・・礼なんて言うなよ。君が喜べば、俺が嬉しいんだから。・・・それにしても、君というやつは、相変わらず何も言い返そうとはしないんだな。」


 「言い返す・・・・。」


 「そう。君は何も間違ってはいないし、相手を思いやって心を鬼にしているだけなんだから、連中にそう言ってやればいいのに・・・・。口性のない連中だ・・・放っておいてはまた、良くない話を広められてしまうよ。」


 「構わない・・・・・。私には、お前と龍粋がいてくれるし、長もあの子もいる。」


 「冗談・・・・俺を馬鹿にするなよ。君が真実それで心穏やかだというのなら、これが何だか説明できるのか。」


 宵闇は、白妙の頬に流れた涙の痕をそっとなぞった。

 白妙がうつむくと、宵闇は白妙の頭を胸に抱いて優しく声をかける。


 「昔馴染みの俺にまで気を遣うな。・・・・・何を、考えてる?」


 「・・・・私がそれ以上何か言えば、いたずらに皆を傷つけてしまうだけだ。是非を決めるのは当人の心・・・・私の是非が相手にとってそうであるとは限らない・・・・。私が黙っていれば、それ以上誰も傷つかずにもすむ。」


 「おいっ・・・・それは違うぞ・・・間違ってる。肝心な奴が傷ついてるだろう?気づいてないの?白妙・・・・君が傷ついたままだ。・・・君が傷ついているのに、俺が傷つかずにいられると、本気で思っているのか?」


 宵闇の言葉に、白妙は驚いたように顔をあげた。


 「なんて顔をしてるんだ。・・・・君は誰よりも聡いのに、なぜ自分のことには、こんなにも鈍感でいられる?」


 「宵闇・・・・・。お前がそうやって、いつも私の代わりに嘆いてくれるだろう。私の傷は、常にお前に癒されているのだ。だから・・・」


 困った様子で言葉をつまらせた白妙の頭をなで、宵闇は明るく笑った。


 「いいよ・・・・君が何を選んでも、俺だけは君の傍らを離れないから・・・・。君は、好きに生きていい。俺が近くにいなくても、君はいつだって独りじゃないってことを・・・・何があっても忘れるなよ。」


 ・・・・・・・当人たちは全く知らなかったが、白妙と宵闇は古くから神妖たちに、美しい一福の絵画のようだと噂されるほど麗しく、また仲睦まじい事で有名だった。


 清廉潔白とし、厳格でありながらとても傷つきやすい繊細な白妙に、常に傍らで心を砕いている宵闇・・・・・。


 風情ある気を纏いながらも、幼子のように自由奔放に振舞う宵闇に心を開き、常に温かく受け入れている白妙・・・・・。


 二人の身近にある者であれば、この2人が深く想い合っていることを、当然のように理解していた。


 当人たちを、除いては・・・・・。

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