第72話 焔の舞 2

「では、みなの期待に応えねばなるまいな。」


 白妙しろたえの言葉に気を良くしたかぐつちは、両手を胸の前で重ね、半眼はんがんになった。

 周囲の空気が、加具土命かぐつちを中心に、一気に濃さを増す。

 さきほどまで浮かれていた者と同じ者とは思えない、彼女の凛とした美しいたたずまいに、背筋がゾクリとする。


ほむら様が舞うぞ!」

「ばかな!命逢みおが全て焼き尽くされてしまうではないか!」

はく様が囲いを作ってくださっておるから大丈夫だ。」

「早くしろ!間近で見ることなど我らに叶うものではない!次はないぞ。」


 神妖じんようたちが血相をかえ、広場の中心へ続々と集まってくる。


 赤い印の書かれた白い布を顔の前にさげ、紅の服を身に着けたたくさんの子供たちが、いつの間にか様々な楽器を構え、加具土命を囲うように集まっていた。


 宙に浮いた加具土命が、組んでいた両手を空高く掲げる。

 同時に、高い笛の音と炎の竜が闇を切り裂いて上空へ駈け上った。


 竜の軌跡を描いた火の粉が、焔色の花びらとなって降り注ぐ中を炎をまとった加具土命のしなやかな肢体したいが力強く美しく舞う・・・・・・。

 幻想的な舞に、息をすることすら忘れて誰しもが魅入った。


 全身で操る炎は時に繊細に、時に激しく、加具土命の意のままに共に舞い踊る。

 渦を巻き猛々しく天を突きあげた炎が、夜の闇に枝垂しだれ柳を描く中を地へと舞い降り、加具土命は動きを止めた。


 ゥオオオオオオオーッ!

 時が止まったような静寂の後・・・・・空気が震えるほどの歓声が響き渡った。


 加具土命は満面の笑みで、こちらへ歩いてくると白妙を手招いた。


  「来い・・・・・白妙。」


 白妙は、あきらめたように小さく息を吐き、天を仰いだ。

 周囲で神妖たちが息をのむ気配がする。

 月色の淡い輝きに包まれた白妙は 美女に見まごう先ほどまでの姿から、白い衣に身を包み、腰に刀を帯びた精悍せいかんな男性の姿に一瞬のうちにかわっていた。


 吹いたら切れてしまいそうな細い糸を目の前に張られているような緊張感が、その場にいる者の心を縛る。


 白妙は、加具土命の手をうやうやしく取ると、まるで見えない階段でもあるかのように、ちゅうを踏み上っていく。

 さきほどとは違う、物悲し気な低い笛の音が響き、薪の炎が赤から青白い色へと変化した。

 2人の舞が静かに始まると、そこかしこで吐息が漏れ聞こえてくる。


 加具土命と舞いながら、白妙は微笑んでいる。

 それなのに彼の舞は、狂おしいほどに切なく、心を締めつけてくるのだ。

 なぜ、白妙はこんなに哀しそうな眼をして踊るのだろう。


 闇夜に輝く白妙の舞は、見る者の心を惹きつけてやまない。

 静かだった音楽が曲調を変え、不穏な空気を感じさせる音が心に爪を立てる。


 この舞・・・・物語になっているんだ。


 それまで仲睦まじく舞っていた2人だったが、曲調の変化と同時に加具土命が白妙を突き飛ばすようにして離れた。

 引き戻そうとする白妙を拒む動きをした加具土命は、腰から刀を抜き切りかかった。

 白妙も刀を構え、そこから激しい刀による乱舞が繰り広げられる。

 突然、全ての音楽が鳴りやみ一瞬の静寂が訪れると、白妙とかぐつちは互いに刀を静かに構え直した。

 笛の音が哀しく叫ぶように鳴り響く。

 再び2人がぶつかった瞬間、加具土命は腕を降ろし、自ら白妙の刃を身に受けていた。

 白妙は、崩れかかる加具土命を抱きしめ音もなく地に降りた。

 空を仰ぎ印を組むと何かをつぶやいている。

 白妙の身体をぼんやりとした光が包み込み、天に向かって降り注ぐように光の粒が立ち上っていく。

 光の粒は、白銀の雲となり温かい雨となって降り注いできた。


 「祝雨しゅくう・・・・・。」

 「祝いの雨だ。」

 「祝福だ・・・・・。」


 神妖たちが呆然とつぶやいているその言葉に、俺は違和感を覚えた。

 

 祝い?

 祝福?

 それならなぜ、白妙はあんなに辛そうな目をしているんだ。

 

 「白妙。素晴らしい舞だった・・・・・が、相手が気に食わん。」


 白妙と加具土命が戻ると、わだつみが不機嫌に言った。

 元の姿に戻った白妙は口の端で笑った。


 「にしてもだ。まさか、祝雨まで降らせるとは。誘った儂が言うのもなんだが、お主が皆に舞を見せること自体が奇跡のようなものなのに。・・・・・驚いたぞ。」


 白妙は加具土命の言葉に「ただの気まぐれだ」と一言だけ答え、辺りを見回した。

 舞を見てすっかり呆けているしょうを見つけた白妙は、いじわるな笑みを浮かべその首に腕を絡める。


「どうした、勝。私の舞はどうであった。」


 恐らくまた固まってしまうか、鼻血を出して動けなくなるんだろうな。

 俺はそう思いながら勝と白妙のやり取りを見ていた。

 だが以外にも、勝は真顔でじっと白妙を見つめて視線を逸らさない。

 白妙がいぶかし気な表情で勝を見返した。


 「お前・・・・・なんで泣いてるんだよ。」


 勝はつぶやくように溢し、白妙の目元をそっと親指でなぞった。

 白妙が目を見開き、慌てて目を逸らす。


 俺には勝の言っていることがわからなかった。

 確かに哀しそうに舞っているように見えたが、白妙の頬に涙は見えない。

 それどころか、降り注ぐ雨の雫すらその美しい顔を濡らしてはいないのだ。


 それにしても、さっきから海神の視線が怖い。

 その場を流れる微妙な空気に耐えられなくなったのか、加具土命がしどろもどろで白妙に話しかけた。


「時に、白妙よ。宴とはいえ我らまで呼び出すとは、お前何か企んでおるのではないか。」


 加具土命の言葉に、白妙は勝からそっと離れると、表情を引き締め久遠くおん翡翠ひすいに視線を送った。

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