第71話 焔の舞 1

 やしろとたまよりにお礼を言って別れた俺たちは、温かい食べ物を探し、初めに餅をついていた炊き出しの集団のところへと戻った。


 やはりかなりの我慢をしていたのだろう。

 光弘みつひろの顔色は青いままで、身体も冷たく凍えている。


 大鍋で神妖じんようたちが炊き出していた汁を人数分もらうと、俺たちは光弘を座らせ、湯気を立てている器を渡した。


 「気持ち悪くないか?吐きそうなら我慢しないで吐いてしまった方がいい。楽になる。」


 都古みやこの言葉に、光弘は力なく微笑み、首を横に振った。

 手渡された木の器を包み込むように持つと、光弘は息を吹きかけ冷ましながらゆっくりと口をつけた。

 光弘の顔が見える位置にそれぞれ腰掛け、俺たちも食べ始めた。


 キノコやたくさんの野菜、しっかりとした味のある鶏肉に、味のしみた団子・・・・・ほっとする味噌の風味と身体の内側がほっこりするような温かさに、気持ちが和む。

 器の中が空になるころには、光弘の顔色も大分よくなってきたようだった。


 食べ終えた器を炊き出しの神妖たちへ返し、お礼を言った俺たちは、何か気分転換になるようなものはないかと、再び屋台を散策し始めた。


 ドッジボールくらいの大きさの蛙の背中をキュッと押し、出てくる長い舌で景品をゲットする変わった射的を発見し、神妖たちと一緒に俺たちが盛り上がっている時だった。


 今までどこに雲隠れしていたのか、久遠くおん翡翠ひすい、そして白妙しろたえが現れた。


 「楽しんでいるようでなによりだ。」


 突然姿を見せた白妙に、一緒にはしゃいでいた神妖たちが、ぎょっとして息をのんだのがわかった。


 「私のことは構うな。好きにしていろ。」


 白妙が苦笑しながら神妖たちに話しかけたが、話しかけられた方はたまったものではなかったようだ。

 小さく叫び声を上げ、あわただしく姿を消していった。


 「そういえば、皆さん。お伝えしそびれてしまいましたが、私たちや白妙がいるので今であれば無礼講ですが、本来であれば危険で信用ならない神妖も数多くいます。お気をつけくださいね。」


 翡翠の口から出た言葉に、エビの1件を思い出し、俺たちはため息をついた。

 光弘だけが、なぜか辛そうにうつむいてしまったのがひっかかる。


 「あらあら。もしかして、忠告するのが遅かったでしょうか?なにかありましたか?」


 翡翠は驚いたような声音で話しているが、笑顔なまま表情が一切かわらないところを見ると、実は分かっていたんじゃないかという気がしてきた。


 そんな翡翠の言葉を流すように、白妙が手にしていた扇子を閉じ、不敵な笑みを見せた。


 「祭も大詰めだ。そろそろ派手にいくか。」


 そういうと、白妙は俺たちを広場の中央に組まれた巨大なたきぎの前へと案内した。


 「こやつらを呼ぶと少々面倒なことになるのでな。終盤で呼ぶくらいで丁度よい。」


 白妙は少し苦い表情で、しめ縄をしめた小さな鳥居の前に立ち、印を組んだ。


 「海神わだつみ。かぐつち。参られよ。」


 白妙が言い終わるやいなや、鳥居がぶるぶると震え、一気炎に包まれた。

 鳥居から、噴き出す業火は薪へと燃え移り、辺り一帯が高熱にさらされ始める。


 白妙は顔をしかめ、印を組みなおした。


 「かこえ。」


 白妙の言霊に応え、鳥居の内側に見えない壁が現れた。

 閉じ込められた炎が激しく暴れ渦巻いている。


 囲いの中に巨大な炎が立ち上った。


「阿呆が。殺す気か。」


 俺たちのすぐ後ろで、抑揚よくようのない冷静な声が響いた。


 驚いて振り返ると、神主のようなよそおいに長い黒髪の青年が冷めた目をして立っている。


「阿呆とは、よくも言うたな。・・・・・たわけが。祭は演出が重要なのだ。そんなこともわからんとは、情緒のかけらもないやつよ。」


 白妙に囲われた炎の渦の中から、真っ赤な着物姿の女があらわれた。


 癖のある赤い髪が、風にあおられ豪快にゆれている。

 激しく着崩しているせいで、胸元やふとももが着物の隙間からチラチラ見え隠れするので、目のやり場に困ってしまう。


 熱の暑さのせいか、この女神妖のせいか判断がつかないが、勝が鼻血を吹いて下を向いた。


 その様子をおもしろくなさそうに眺めながら、白妙が口を開く。


 「争うのはやめろ。今宵はわが友のための大切な宴だ。非礼は許さんぞ。」


 「おー怖っ。見よ、海神。お主のせいで、儂が怒られたではないか。」


 海神と呼ばれた神妖は素知らぬ顔をしている。


 「私をこの阿呆あほうと一緒にするのはやめろ白妙。それにしても、これほどの宴を開くとは・・・・・。お主、よほど思い入れの強い者が現れたのか。」


 海神と呼ばれた青年は苦い表情を隠そうともせずに答えた。

 この神妖が海神だとすると、もう一人の女の神妖がかぐつちなのだろう。

 さきほど、みずはが話していた「海と釣り堀をつなげた神妖」がこの海神ということで間違いなさそうだ。


 「私の誘いをさんざんに断っておきながら、まさか人などと契約する気ではあるまいな。」


 海神の問いかけに、白妙は薄くわらった。


 「さぁな。」


 海神は美しい眉根を寄せた。

 そんな二人の会話にわりこむように、かぐつちが白妙に問いかける。


 「はて、この朴念仁ぼくねんじんがおるのにうすらいの姿が見えぬようだが、どうしたことだ。いったいどこへ行った?」

 「うすらいは、おもしろがって夜店をひらいているのだ。綿氷を出しておったぞ。あれはなかなかに絶品だ。」

 「ほぉー!そなたの舌をうならせるとは大したものよ。それは相伴しょうばんにあずからねば夢見が悪くなりそうだ。時に、白妙よ。なぜ儂だけこんなに遅れて呼ばわったのだ。酷い仕打ちをするでない。」


 口をとがらせるかぐつちに、白妙は、気だるげに答える。


 「わざとだ。英雄は遅れてくるものだからな。」

 「おぉ!お主、分かっておるではないか!」

 「阿呆めが。お前のようなものが終始おったら、宴にならぬからに決まっておるだろうが。」


 俺の隣で、海神がぼそりとつぶやいた言葉は、残念なことにかぐつちには届いていなかった。

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