第61話 屋台散策 5

「花が・・・・・。」


 光弘みつひろの声につられ、そちらを見ると、添えられていた青い花がクルクルとグラスの中央で回っている。

 花は、少し宙に浮き、突然パチンと弾け散った。

 花びらのかけらはグラスの底へ沈み、細かな雪の結晶がグラス全体を覆うように広がり始める。


 「飲んでみるといい。きっと、気に入る。」


 小鳥のような小さな口でストローを吸っていたみずはが、光弘にそう声をかけた。

 繊細せんさい模様もよううつわをそっと手で抑え、光弘が飲んでみると、爽やかな甘さのフローズンドリンクになっていた。


 「・・・・・!」


 かなり美味しかったようで、光弘が目を丸くし、コクコクうなずきながらこちらにグラスを差し出してきた。


 「ん?くれるのか?」

 「じゃあさ、みんなで交換して、味見しようぜ。」

 

 俺たちは、お互いの飲み物を交換し味見をしてみることにした。


 光弘の飲み物を飲んでみると、青い花びらが舌の上でプチプチと弾けて、口の中が楽しい。

 甘い物は大好きだけど、甘すぎるものが苦手な光弘には、ぴったりのひんやりドリンクだ。


 都古みやこの飲み物は、濃厚なミルクティーに木の実のジャムをからめたコクのあるものだった。

 だがやはり、これもただの飲み物のままでは終わらなかった。

 串に刺されていた木の実たちが、スルスルとグラスの中に落ちて行き、中でクルクル転がって追いかけっこを始めたのだ。

 かなりの勢いで回転する木の実は、そのまま速度を上げ、ついにグラスを飛び出した。

 まるで小さな竜巻のように、グラスの上に小さなつむじ風を起こした木の実たちは、ポトポトと飲み物の上に落ちていく。


 都古がスプーンですくって口にすると、トロリとした杏仁豆腐となめらかな杏仁味のシャーベットが絡み合ったデザートドリンクに代わっていた。

 杏仁豆腐のフルフル触感とシャーベットのザラリとした舌ざわりが心地いい。

 木の実もジャムのように柔らかくなっていて、杏仁豆腐に果物の優しい甘さを添えている。

 牛乳は嫌いだけど乳製品好きという都古にもってこいの飲み物だ。

 

 そして俺のはというと・・・・・。


 「なんか、真也の飲み物、光ってるんだけど・・・・・。」


 そう、俺のは光ってる。

 なんか入ってるのかと思ってかき混ぜてみたけど、なにも引っかからない。

 それなのに、グラスの真ん中が球状に光を放っている。

 これ、全部飲んだら最後どうなるんだろう。

 それに、この味・・・・・・。

 これ、母ちゃんが作る飲み物と全く同じ味がするんですけど。

 こんな偶然あるか?


 俺がいぶかし気に自分の飲み物を見つめているのに気づいたみずはが、その答えを教えてくれた。

 

 「私の店の布刀ふとという、まじないを得意とする神妖じんようが作ったものなのだ。布刀の作る品は特別だ。見知った品が出てきたということは、今のお前が一番求めている味が、それであったということなのだろう。」


 そう説明しながら、みずはは勝のことを考えていた。

 

 勝の飲み物がひときわ大きかったのは、布刀の予知が絡んでのことだったか。

 なんだか頬が緩むな・・・・・・。


 忘れかけていた感情に、喜びと少しの戸惑いを感じながら、みずはは甘いクリームソーダを口に含んだ。

 

 「なーなー。エビ、そろそろじゃねぇ?」

 「確かに。裏返すか!」

 「だな。」

 「んじゃ、俺いっちばーん!」


 勝がエビの串焼きをひっくり返した。

 こんがりと焼けたエビが、旨味を凝縮ぎょうしゅくさせた香ばしい匂いで、俺たちをあおってくる。

 

 「っひょー!間違いないやつだろ、これ!よし、俺が都古の分もひっくり返してやろうじゃないか。」

 「いいのか?では言葉に甘えて、私のは勝に任せるとしよう。・・・・・しくじるなよ。」

 「え?なに、そのプレッシャー・・・・・てか、エビひっくり返すだけなのに、俺、何しくじるの?」


 勝が恐ろしい物をみた表情で引き気味に答える様子を、都古が不敵な笑みで見つめている。

 俺は自分のエビをひっくり返しながら、隣にいる光弘に声をかけた。


 「あっつー!光弘、串熱くなってるから気をつけろよ。」


 光弘は、「ありがとう」と言うように1つうなずいてから、器用にエビをひっくり返すと、肩の上で嬉しそうに跳ね回っているゆいに、優しく頬ずりをした。


 「それでは、いただきますかっ!」


 焼きあがったエビを大きな皿を2枚使い、はさみこんで串からはずす。

 俺たちは「食べきれなくないから食べてくれ」と言って、自分のエビを1匹ずつみずはの皿へ取り分けた。


 「では、いっただっきまーす!」


 アツアツのエビにかぶりつくと、濃厚なエビみそとプリップリの身が絡み合って、口の中から旨味があふれ出しそうだ。

 飛び跳ねたいくらい美味い!

 俺たちは目を丸くしてお互いの顔を見合わせると、無言でエビをむさぼり始めた。

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