第52話 真也と勝

 みんなの後を追うため、湖のほとりに意識を集中させようとしたその時、しょうが俺を引き留め、声をかけてきた。


 「で・・・・・。どうだったんだよ。」


 突然の問いかけに、俺は初め、なんのことを聞かれているのかわからず首をかしげた。


 「聞いたんだろ?宮下の記憶喪失きおくそうしつ事件のこと。」


 そこまで言われて俺はようやく、勝も例のリコ記憶喪失事件を覚えているのだと悟った。

 先ほど俺が翡翠ひすい久遠くおんに確認していたことにも、ちゃんと気づいていたのだ。

 勝は本当に大切な物事を見落とさない・・・・・・。

 俺が内密に動いていることに気づき、2人きりになれるまで黙っていてくれたのだ。


 「ああ・・・・・。やっぱり都古みやこの家に来たことが原因だった。」

 「まじかよっ!それじゃ、俺らもっ・・・・」

 「いや。今の時点で記憶が無事ならもう心配はないらしい。安心しろってさ。」

 「そうか・・・・・・。」

 「・・・・・勝。お前、都古のこと怒るなよ。都古。どんな結果になっても、独りで全部抱えてく覚悟をしてたんだと思う・・・・・・。」


 もし俺たちが記憶を失っていたら・・・・・。

 俺たちに忘れられた日常で、都古は独りどんな顔をして過ごすのだろうか。

 もし、俺だったら・・・・・。


 「俺・・・・なんも言えねぇよ。」


 ところが、木にもたれかかり、腕を組んで俺の言葉を聞いていた勝の返事は、でっかいため息だった。


 「ばーか、真也しんや。都古のことなんか、めちゃめちゃ怒ってやりゃぁいいんだよ。ふざけんじゃねーぞ!どんだけ信用してねーんだ!俺らお前にとってなんなんだ・・・・ってよ。」


 そういうと、勝は俺の肩に軽くパンチを入れ、ニヤリと笑った。

 勝のパンチは、俺の中のわだかまりを粉々に打ち砕いてくれた。

 勝の言う通りだった。

 俺は都古のことがわかっていないどころか、自分の気持ちさえも全然わかっていなかったみたいだ。


 どうやら俺は、都古に本当のことを打ち明けてもらえなかったことを相当ショックに感じていたのだと、今更のように感じた。


 「そうだな。都古にも、勝の肩パンが必要みたいだ。」

 「だろ?」

 「ま、勝が返り討ちにあうだろうけどな。」


 俺がそう言って笑うと、勝はいつもの情けない顔をした後、声を立てて笑った。


 「記憶が奪われたって、俺はあいつに声かけるぞ。都古の奴が『しつこい。もうやめろー』ってなるくらい。そしたら、伝わんだろ。俺たちには都古が必要だって。何度だって、出会い直せばいいだけだってよ。だいたい、あんなおかしな奴がクラスにいたら、真也と俺が放っておくわけないしな。光弘みつひろだって同じだろ。・・・・・・都古を独りにはさせねーよ。」


 ここに来て、初めて俺は心から笑顔になれた。

 ふいに勝が真剣な顔を見せる。


 「けどよ。俺らって、今でこそ執護あざねとかいうのの卵になっちまったけど。都古のやつ、そもそもは自分の手伝いをさせるためだけに、俺たちをつれてきたってことだよな?たかが手伝いのために、都古がこんな危ない橋を渡らせるとは思えねーんだ。俺。」


 勝の言う通り、俺もそれが引っかかっていた。

 都古が自分の手伝いをさせるために、記憶を失う恐れがある場所に俺たちを連れてきたり、巻き込んだりするわけがない。

 それ相応の事情があるはずだ。

 だとすればそれは・・・・・。


 「・・・・・光弘・・・・か。」

 「・・・・・かもな。」


 俺の意見に、勝も同意する。

 俺たちが知りえない何かが、光弘が抱え続けているものと関係しているのかもしれない。

 もし光弘のことがかかわっているのだとしたら、都古がこんな賭けにでたことにも納得がいく。

 何かを為すために、必要に迫られてここに俺たちを連れて来たのだとしたら・・・・・。

 都古の性格上、俺たちを無駄に不安にさせるようなことをわざわざ伝えてくるわけがなかった。


 「ま、なんかありゃ、あいつから言ってくんだろ。」


 これだけの状況に身を置いてなお、伸びをしながらのんきな物言いをしていられる、そんな自然体の勝の姿には本当にホッとさせられる。


 俺と勝は、みんなの元へ移動するべく意識を集中させ・・・・・そして、顔を見合わせた。


 えーと・・・・・今度は何が始まってるんだ?

 とりあえず、深く考えないで今は移動することだけに集中しよう。


 俺たちはみんなが集まっている湖のほとりへと移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る