第10話 香坂 勝 の物語>出会い 1

 「ちくしょう!バカヤローどもが。」


 もはや何度目になるかわからなくなったセリフを吐きながら、俺は水浸しになった教室の床をいていた。


 俺が泣いていることなんか誰が見たってわかるくらいバレバレだ。それでも、俺をからかうやつはいない。真也と都古がそんなことをする人間でないことは俺が一番よくわかっていた。


 あいつらも間違いなく、張り裂けそうなほど胸をきしませているだろうから。


 もし、ロッカーの中にいる光弘の存在に先に気づいたのが、俺だったら・・・・・真也が激しく怒る姿を目の当たりにしていなかったら・・・・・俺は怒りを抑えられただろうか。


 学校では、ほとんど笑顔しかみせたことのない真也。真也がこんなに怒る姿を俺は今まで見たことがなかった。


 腹の底から震えがくるような叫び声・・・・・怒りのあまり蒼白そうはくになった顔とこぶし。そして、一切いっさいの甘えを許さないどこまでも冷酷れいこく眼差まなざし。

 あまりにも普段とかけ離れた真也の姿に、野崎の野郎は恐怖で動くことすらできなくなっていた・・・・・。


 今になって考えてみれば、野崎たちから光弘への嫌がらせは、転入後間もないころから、すでに始まっていたのかもしれない。


 光弘がきて数日後から「教室の床や掃除ロッカーの中が最近毎日きれいになってる」って、担任が喜ぶようになった。


 体育の着替えの時、光弘が身体を隠すようにしていることを不思議に思ってた。


 全部これを隠すためにやってたんじゃねーか。 

 こいつ。毎日、毎日、こんなことしてたのかよ。・・・・・独りっきりで・・・・・転校してきたばっかだぞ。

 これじゃみんなの前で着替えなんて。できるわけなんてねぇよ・・・・・。


 「ちくしょうっ。」


 力任せにゴシゴシと濡れた床を拭きながら、俺の口からまた行き場を失った言葉がこぼれた。


 教室の隅では、真也がグッと口を引き結び、ゴミ箱に捨てられた光弘の服や帽子を拾い上げ、無言のままゴミをはたいている。


 都古は、真也から服を受け取ると光弘を椅子に座らせて手渡した。

 光弘が服を着替えている間、タオルを引っ張り出してバッグの中をあさっている。


 都古のことだ。光弘を気遣きづかってあえて視線を外しているんだろう。あいつはそういう奴だ。

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