第9話 出会い 4

 都古みやこは、転がるペンを驚きの表情で見つめた後、目を細め真っ直ぐに光弘みつひろに視線を向けた。


 「・・・・・やめておこう。平時の都古であれば間違っても望むはずのないことであった。」


 都古は手を下し、ため息をつきながらつぶやいた。


 「本意ではないが、私と約束をするというのであれば、こたびのみ私の独断で見逃してやる。」


 思いがけない救いの言葉に、4人は身体を起こし大慌てで首を縦に振る。


 それを確認すると、都古は小指でちゅうに4つの輪を描いた。

 描かれた輪は赤黒い炎を帯び、吸い寄せられるように野崎たち4人の手首に向かっていく。


 「熱っ!」


 炎の輪が手に触れたと同時に、ジリリと焼けるような重く鋭い痛みを感じ、4人は手首を強く押さえた。

 炎の消えた後には、乾いた血に似た色で蛇の模様が描かれていた。


 「私とお主らの約束のあかしだ。その呪印じゅいんは人の痛みに敏感でな。呪印を宿やどした者が他人を傷つけると、傷つけられた者の感じた痛みや苦しみを全て毒として変化させ、呪印のあるじへと流しこんでくれる。心の痛みが理解できない貴様らには似合いの、私からのささやかな贈り物だ。」


 都古の容赦のない言葉に、4人は目を見開きただただ震えた。


 「安心しろ。与えた苦しみと同等の毒が出るだけだ。よほどの悪事をはたらかねばただ激痛が走るのみ。恐らく死ぬことはあるまい。あぁ、ひとつ伝えておくが呪印を取り除こうとするのはやめておいたほうがよいぞ。命を落とすことになる。むろん、私は止めはせぬよ。貴様らがどうなろうと知ったことではないのでな。」


 常軌じょうきいっしたできごとに、恐怖で涙を流す國本。


 「嘘かどうかはすぐにわかろう。呪印は、数刻後すうこくごには貴様ら以外の人の目には映らぬようになる。確認してみるがよかろう。」


 だるげに言い終えると、都古は國本の身体を片手で軽々と持ち上げ、無理矢理立ち上がらせた。


 「光弘に謝れ。そして、私の気が変わらんうちに、さっさとこの場からうせろ!」


 國本は、声にならない叫びをほとばしらせると、荷物を抱え「ごめんなさい!ごめんなさい!」と泣き叫びながら去っていく。

 野崎らも泣きわめきながら、転がるように後を追っていった。


 今のは一体なんだったんだ?・・・・・何が起こった?


 4人の走り去る音が遠ざかり再び沈黙が訪れた教室で、俺は都古の姿をした何者かに向かって問いかけた。


 「お前・・・・誰だ?・・・・・・都古じゃないだろ。」


 勝も真剣な眼差しで、ゆっくりとうなずいている。 


 一見、ガサツで大雑把おおざっぱな人間に見える勝だが、本当に大切なものは決して見落としたり見誤ったりすることはない。俺が絶対の信頼を寄せているかけがえのない人間だ。


 勝が落ち着いて構えてくれていれたことで取り乱さずにいられたが、さっきまでの不可思議な現象よりも、このまま都古を失うかもしれない・・・・・その恐怖に、俺は叫び出したいほど不安をつのらせていた。


 もし、俺には手の届かない何かに都古を奪われてしまったとしても。きっと俺は都古を・・・・・。


 俺は覚悟を決めて都古の答えを待った。

 だが、当の都古は「しまった」という表情をすると、はかなげな微笑みを残し突然意識を失って足元から崩れ落ちてしまった。


 都古の真後ろにいた勝がとっさに抱きとめる。俺も慌てて都古に駆け寄った。


 「おい!都古?・・・・おい!」


 2人で何度も呼び掛けていると、都古は小さなうなり声を上げながらまぶしそうに眼を開いた。


 「都古・・・・・大丈夫か?」


 声をかけると、都古は意識を取り戻しハッとした表情で勝の腕の中から飛び起きた。


 「川名!川名は?」


 俺は体をずらし後ろに向かって目くばせした。

 俺の後ろで心配そうにこちらを見つめている光弘の姿を確認すると、都古はほっとした様子で肩の力を抜いた。


 不思議なことに都古は、俺たちがその言動に不自然さを感じてから今に至るまでのことを全く覚えていなかった。

 都古のことはもちろん気にはなったが、今は光弘の冷え切った身体を温めることが先決だ。

 俺と勝は、まだ収まらない動悸と大きな謎を抱えたまま、動き始めた。

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