第7話 出会い 2
その日は冷たい雨が降っていた。
いつもと同じように3人で、いつもと同じように
だがそんな日常は、教室のドアを開けた瞬間に一変した。
誰もいないと思っていたが、驚いたことにクラスメイトの野崎をふくめた4人もの男子の姿があった。
それぞれ、ほうきやチリトリ、ぞうきんなどを手に驚いた表情で立ち尽くしている。
一瞬、先生にしかられて居残り掃除でもさせられているのかと思ったが、注意して教室を見てみると、ベランダから掃除用ロッカーの上の隙間にむかい1本のホースがのびていた。
ロッカー前の床には、大きな水たまりが広がり続け、油性のマジックペンが数本、床に転がっている。
ロッカーの中から、何かが動くゴトリという音がかすかに聞こえた。
「まさか・・・おまえら・・・・・。どけっ!」
俺は、腹の底から
そこには
・・・・・下着1枚でずぶぬれになって震えている、光弘の姿があった。
頭や肩に、何枚もの汚れたぞうきんが
透き通るような白い肌のいたるところに心無い言葉の数々がマジックペンで書きなぐられ、あざのような跡が体中についていた。
ここで何が行われていたのかは
理解すると同時に俺の心の中の何かがはじけ飛び、目の前がチカチカするほどの猛烈な怒りがこみ上げる。
なぜ、俺は今まで気づけなかったんだ!こんなことになってるのに、なぜ・・・・・。
今まで不思議に思い心の中に引っかかっていた小さな教室の中の変化や、体育の着替えの時などに見せる光弘の気になる行動の数々が、頭の中でパズルのようにつながっていく。
俺は、濡れたぞうきんを光弘の上から取り払った。無言のまま自分の着ている上着をぬいで光弘にかぶせる。
寒さのあまり光弘の歯がカチカチとたてる音だけが、哀しく教室に響き続けた。
俺は、暴走してしまいそうな怒りを抑えるため、深く深く息をついた。
・・・・・楽しくやっているのだと思っていた。光弘はいつだって、
怒りで血の気を失い、氷のように冷たくなったこぶしを強く握りしめると、
「っのやろぉ!なにしやがんだ!」
そんなこととは知らない、6年生の1人が俺の
それを見た都古が、すかさず間に入りそいつの手首を思い切りひねり上げた。
「痛っ!やめろ!放せ!おい!助けてくれ!」
あまりの痛みに、6年生は近くにいた野崎に助けを求めたが、野崎はなぜか
教室の入口では、ほうきで襲い掛かろうとしていたもう一人の上級生を勝がガッチリと抑え込んでいた。
「くそ!お前ら!俺らが誰だかわかってやってんだろうな!」
最初に俺が突き飛ばした國本という6年生が、起き上がるなり俺のむなぐらをつかんで
言われてよくよく顔をみてみれば、全員がこの街の市長や教育委員長やらのお偉いさんを親族にもつ連中である。
「コケにしやがって。お前ら、仲いいわけでもなんでもないんだから関係ないだろが。だいたい、こいつは何されたって声も上げない泣きもしないで喜んでるマゾ野郎だぞ!」
國本の怒声をきっかけに勢いを取り戻した野崎が、ゆがんだ笑みを張りつかせ息を荒くしてわめきちらしている。
「それに、お前ら知らないだろ?こいつ母親に捨てられたことが原因で引っ越して来たんだ。そんなクズが、抜け抜けと毎日女はべらせて調子に乗りやがって。気色悪ぃんだよ!」
一方的に光弘をおとしめるむなくそ悪くなる野崎の言葉の数々に、くすぶり続けていた怒りの炎が激しく燃え上がっていく。
めまいがするほどの激しい怒りにのまれた俺は、かろうじて握っていた理性の糸を手放した。
いざ怒りに身を委ねてみると、胸に渦巻く怒りはそのままに、ただただ全てのものが今まで感じたことがないほど、どこまでも澄みきって見える。
目の前で
なんでこんなに単純なことがすぐに思いつかなかったんだ。
俺は、自分の間抜けさに思わず苦笑すると、胸倉をつかんでいる
6年にもなってこんな腐ったことを群れて行うような連中に、容赦は一切必要ないだろう。
痛めつけるようにひねり上げながら、あえて時間をかけて引きはがしていく。
「てめぇ・・・・。」
國本は逃れようともがき始めたが、俺はこいつを逃す気はない。
俺は、腕をおさえて動かなくなった國本を放り出し、今度は傍らにいる野崎の胸倉を掴んだ。
「なっ・・・・なにすんだ!やめろ!」
胸倉をつかまれ後ずさった野崎をそのまま勢いよく教室の壁に叩きつけ、俺はもう一つの
野崎の顔面に拳を叩き込もうとしたまさにその瞬間だった。
俺の腕を強く引き止める者が現れた。
視線をやれば、止めているのは被害にあっている光弘本人だ。
つかまれた腕ごしに、光弘の氷のような手の冷たさが、怒りで真っ赤に燃え上がった俺の心の中にしみ込んでくる。
「・・・・・腕を離せ。・・・・・なぜ止めるんだ。」
俺は、光弘に静かにたずねた。
「やめろ・・・。お前とは関係ない。・・・余計なこと・・・するな。」
光弘は、ガチガチと震え続ける身体と声を抑えつけ、必死に俺の腕を止めていた。
こげ茶色の潤んだ瞳が、強い意志をもって真っ直ぐに訴えてくる。
光弘の目を見ていれば、
光弘は、野崎を守ろうとしているんじゃない。俺のことをかばおうとしているのだ。
俺は、野崎を
同様に、都古と勝も自分たちが押さえていた上級生をなかば突き飛ばすようにして開放する。
2人とも大急ぎで上着を脱ぐと、
俺はたまらない気持ちで、大きく息を吐いた。
あんな必死な顔で俺を止めておいて、同じ口で「お前とは関係ない。」なんて・・・・・頼むからそんなこと言わないでくれ。
光弘は自分がこの状況を抜け出すことより、俺を救うことをためらわずに選んだのだ。
俺が暴力を振るって問題になることを止めただけじゃない。
自分をかばったことで俺たちが野崎たちの
腹いせに、後で自分がどんな目に合わされるかもわからないのに・・・・恐らくそれすら覚悟のうえで。
一瞬の
ドロドロした怒りが洗い流され、温かさが心の中を満たしていく。
同時に俺の全身を、永く閉ざされていたぶ厚い扉が開かれたような・・・待ち続けた誰かにようやく会えたような、そんな不思議な胸の高鳴りが駆け巡った。
ふいに訪れた不思議な感覚に戸惑っている俺の目に、光弘の目から涙がひと粒
俺は
まだ泣くな。こんな連中にお前の涙を見せてやるなよ。
俺は素早く光弘の顔を隠し、冷え切った身体ごと自分の胸に抱き寄せる。
「職員室へ行こう。こんなやつらに黙ってやられてやることなんてないんだ。」
だが、光弘はかけられた言葉に対し、身体を強張らせ拒絶の反応を見せた。
さきほど俺のことを止めた時とは違い、うつむいたまま首を横に振る。
「おい。真也の言う通りだぜ。こいつらアホだから、何回だっておんなじことやってくんぞ。痛い目みねぇとよ。」
勝も腕をブンブンまわしながら賛同するが、それでも光弘は首を縦にはふらない。
何か事情があるのだろうか。
その様子を見て、國本達は「ほらみろ」といわんばかりに視線をかわし、ほくそ笑んだ。
「だーかーらー言ったろ?こいつは痛めつけられるのが大好きなマゾ野郎なんだって。
お前らよりよっぽど利口だぜ、こいつ。俺らにたてついたらどんなことになるか、ちゃーんとわかってんだからよー。あーあー。こんなマネしてくれちゃって、お前らこの先どうなるか、分かってんだろうな。」
國本が、にやつきながら俺の肩を強く小突いてきた。
身体をはじかれながらも、俺は絶対に光弘の身体を離さなかった。
もう何が起きても絶対に独りにはしない。
俺は決意を固くして抱き寄せた腕に力を込めた。
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