第3話 悪友

 長身でヤンチャな香坂勝こうさかしょう。身体は小さいが芯のある少女、小野寺都古おのでらみやこ。そして俺、渡邉真也わたなべしんやの3人は、小学生最後の夏休みを満喫していた。


 「おーい!こっちにいたぞ!」


 俺は木陰から飛び出すと、息を切らしながら2人を呼んだ。

 ジリジリとした焼け付く日差しが短く刈り込んだ頭に降り注ぎ、額を流れる汗の一筋が目の中にすべり込んでくる。

 俺は、目に飛び込んだ汗の雫を手の甲でぬぐい振り飛ばしてから辺りを見渡した。


 「真也!どこだ?」


 さほど離れていない場所にいた都古が俺を見つけ、瞳を輝かせながら転がるように駆け寄ってくる。

 和柄の紐で丁寧に結わかれた長い髪が背中でサラサラ揺れた。

 俺は、都古が手にしている灰色の細いヒモに目を留め思わず笑顔で走り寄った。


 「ジグモとってたのか。すげっ!これ、めちゃめちゃでっかいなっ!」


 ジグモは、木や壁の陰にくっつくようにして長い袋状の巣を地面の中に伸ばしているクモだ。

 慎重に引っ張ると巣ごと引きずりだせるのだが、大きいものになればなるほどちぎれやすいため難易度が増す。

 都古が持っている巣は人差し指ほどの太さがある、かなり大きなものだった。


 「ごめん。でっかいの見つけてつい夢中になってしまった。」


 そう言ってきまり悪そうに笑いながら、都古は手にしたプラスチックの虫かごのなかに地グモを巣ごと放り込んだ。


 「それで?どこにいたんだ?」


 「そうだった!こっちこっち!」


 勢いよく走りだした俺に都古が続く。

 柔らかな落ち葉をふかふかに敷き詰めた木々の間や、無作法にはりめぐらされたクモの巣の隙間をぬって走っていると、突然玉つげの木の陰から大きなものが飛び出してきて都古に体当たりをした。


 都古は突き飛ばされた衝撃で落ち葉の上を勢いよく転がっていく。脱げ落ちた薄紅色の運動靴が片方、コロンと空を仰いで止まった。


 「勝、お前!やりすぎだぞ!危ないだろうが!」


 俺は声を荒くして茂みから飛び出してきた犯人をにらみつけた。

 勝が「しまった!」という顔でこちらを振り返る。


 同じ6年生とはいえ、学年1背が高く中学生と間違われる勝と、学年1小柄で1年生と間違われることもある都古とでは、大人と子供ほどの体格差があるのだ。


 転がった運動靴とうつむいたままの都古を見て、さすがに居心地が悪くなってきたと見える勝だったが、かといって今更後に引くわけにもいかないようだ。


 「い・・・・いやいや。いつも都古がいってるんじゃねーか。油断するやつが悪い、だろ?そ、それに、いつでもかかってこいって言ったのだって、こいつのほうだしよぉ。」


 と、わたわたと、言い訳を始めた。

 都古がそんな勝の隙を見逃したりするわけがない。

 スルリと勝の死角に入り込むと、そのまま膝裏に軽くケリを入れた。


 「おわっ!!」


 突然の膝カックンに驚き、声をあげてのけぞった勝。

 都古はその襟首をつかむと、自分よりもゆうに頭一つ分は背の高い勝をあおむけに引きずり倒し、素早く馬乗りになった。


 「っ・・・・・!」


 都古は、腕で喉元を抑えつけられ目を丸くして動けずにいる勝の耳元に唇が触れそうなほど顔を寄せた。


 「油断大敵・・・だろ?」


 いじわるそうな微笑みを浮かべささやく。


 勝の顔が一瞬で真っ赤になったのは、怒りや暑さのせいばかりではないだろう。勝という男は意外と純粋なのだ。

 だが、哀しいことに男心というものにとんでもなく鈍感な都古が、勝の動揺に気づくわけもなく。

 心の底から嬉しそうに満面の笑みを浮かべた都古は、勝のおでこに強烈なデコピンをお見舞いした。


 「ってぇええええっ!くそ!みぃいやぁああこぉおおおっ!!」


 おでこを押さえて大騒ぎしている勝の上から降りると、都古は足のうらの落ち葉をポンポンはたく。


 「ショウ・・・・・。お前ってホントにこりないヤツな。」


 学校でも一緒に通っている剣道の道場でも遊んでいる時でも・・・・・勝は暇さえあれば都古にちょっかいを出し、そのたびに返り討ちにあっている。

 これが入学間もないころから根気よく続いているのだから、もはや褒めてやるべきなのかもしれない。


 俺はあきれて笑いながら、転がった靴に入ってしまった落ち葉をはたいて足元に置いた。

 ケンケンしたまま靴を履こうとしている都古に肩を貸す。


 「でもまぁ、勝がここにいて助かった。俺や都古じゃ届かないから、お前を探してたんだ。」


 俺は都古と勝を木々の向こう側へ案内する。

 ブツブツ文句を言いながらようやく立ち上がった勝のおでこに、都古がいたずらにのせた落ち葉が1枚、汗でペタリとはりついていた。

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