episode 5[アイデントアビリティ]
死人さんの提案する作戦とは、私がジャッキーのアカウントを乗っ取り、ひたすらに暴れまわるというものだった。
outlawのメンバーはジャッキーさんから既にアカウントをブロックされており、乗っ取りが出来ないらしい。そこで、たまたまやって来た私にその肩代わりをさせようという事らしかった。
「ちょ、ちょっと待ってください!暴れまわるって、何をどうやって…!」
「ん?好きに暴れまわっていいぞ。億単位の買い物をしようが、米国の大統領をダイレクトメッセージで誹謗中傷しようが、全てはジャッキーの責任になる」
「い、いや!私そんな事絶対できませんし!」
「そう?それならずっとそのアバターでいてもらう事になるけれど」
「え?…えぇ!?」
そう言われて自分の姿を見ると、私は先程までの女騎士の姿ではなく、ペンギンの着ぐるみから顔だけを出した、小柄な女の子の格好をしていた。頭が妙に重いので鏡を見てみると、着ぐるみの顔出し部分からエメラルドグリーンの長い髪が流れ、側頭部からは、龍のような、枝分かれした角が生えている。
「こ…これは…!?」
「ジャッキーちゃんのアバターよ。少し久しぶりに見るけれど、相変わらず破滅的なセンスね。ホント、可愛いわぁ…」
キレイさんがうっとりした顔で私を見つめ、そのまま抱きつかんと迫ってくる。私があたふたしていると、呆れ声で死人さんが「やめろ」と彼女を止めた。
案外、ジャッキーが裏切ったのって、この人のセクハラまがいのスキンシップが原因ではなかろうか。
「さて、勝手で申し訳ないけれど、もう今の君はジャッキーだ。取り敢えず、どこか人の多いワールドに行こう。そこで好きに暴れちまえ」
「そもそもこんなチートみたいな行為、どうやって…」
「フフフ…。全部あの子の力よ」
そう言ってキレイさんが一瞥を送る先に私も視線を移すと、その先には、したり顔でニッコリと笑うクジラ頭が、悪びれる様子もなく、コチラを見ていた。
〝人の多いワールド〟という事で、私とキレイさん、死人さん、ニーナさんの4人は、電脳空間で最大の規模を誇るショッピングモール〝
他人のクレジットを使うことに強い抵抗を覚えるけれども、まあ、私も私で帰れないと困るし、裏切っちゃったのはこの子みたいだし、なんかもう、腹をくくるしかない。どうにでもなれ。知らん。
「きゃーーーー!!ソラちゃん見て!このコスチューム可愛い!ねえねえ、これ買わない?あーーーこっちもステキーーーー!!」
「あ、ホントだ、これ可愛い…」
私はキレイさんに手を引っ張られ、というかもうほぼ引きずられるような形で、コスチュームのブランド店へ入店した。結構な高級店らしく、小物からフルコスチュームまで、ひとつひとつのアイテムのコストが1万円を越えている。やばい。
「あーこれも可愛いわね、このバラのブローチ!ソラちゃんのアバターにも似合いそう!ねえねえ、これも買いましょ?」
裏切り者とは言え元仲間のお金でアイテムを買うことに遠慮も後ろめたさも躊躇いも全く感じられない。典型的な小悪魔女子の買い物って感じだった。こちらの感覚も狂いそうになる。
「あら、こっちのゴスロリ服も可愛い!でも私にはもう着れないかしらね、こんな若い子向けの服…」
「でも、キレイさんは文字通り綺麗なので、何でも似合いそうですよね」
「…今、なんて?」
あれ。
キレイさんの表情が一瞬、笑顔のまま硬直する。
そして、ぐぃ、とこちらに仮面のような笑顔を近づけて、言う。
「綺麗…?」
「えっと…キレイさん?」
「ワタシ、キレイ?」
キレイさんの顔が黒く陰って、表情が見えなくなる。いつの間にか、寄せられた顔は私に覆いかぶさるかのように上から迫ってくる。金髪の長い髪に包まれて周りも見えない。その中に黒く、キレイさんの顔が、顔が、顔の、口、大きな、口が…!!
「おい」
急に視界が明るくなり、私は目を細める。
死人さんがキレイさんの肩を掴み、私から引っペがしたらしい。
「何してんだ、お前」
「ごめんなさい、あんまり褒めてくれるから、ちょっとからかってみたくなって」
私は放心してしまって、その場にへたり込んでしまった。
「ごめんね、ソラちゃん。お近づきのしるしみたいものなのよ?褒めてくれたお礼に、私のアイデントアビリティ、少しだけ見せちゃった」
「アイデント…アビリ、ティ?」
「ああ、そうか。ソラは知らないのか。…ニーナ!」
死人さんに呼ばれて、今まで周りをぼーっと眺めていただけのニーナさんがこちらに振り返り、こちらにやってくる。
「なぁに?」
「ソラのIAも、引っ張り出してみないか?」
「お、いいねぇいいねぇ。僕の出番かな?リブートももう直ぐ終わるよ」
「えっと、なんの話ですか」
目を白黒させる私に、死人さんが説明を付け足す。
「〝アイデントアビリティ〟、IAってのは、俺達がこの電子空間内でのみ個別に持つアビリティだ。誰一人として同じアビリティを持つ者はいない。まぁ、個性みたいなもんだな。普通はそんなアビリティの存在なんて知らずにゲームをプレイするんだけれども、電脳空間のシステムゾーンそのものに直接干渉すると、発現させることができる。表向きはサイバー部隊の奴らしか発現させていない事になっているんだけれど、稀に優秀なハッカーだとか、過激プレイヤーがそこまで介入して発現させるんだ。まあ、俺達はそれとは別の、ちょっと特殊な方法で発現させたんだけれど」
「死人くん、説明長いよ」
そう言って、ニーナさんが割って話を続けた。
「つまりねソラちゃん、僕は僕自身のIAの力を使って、他人のIAを発現させちゃう事が出来るんだ」
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