第111話 小さな放浪者
明奈はあんずを伴って、南条の部屋を
三日程前、
十歳くらいだろうか。浅黒い肌をした、目の大きな可愛い女の子だった。全身ずぶ濡れで、素足のままだ。知人から預かったというよりは、雨に濡れていた捨て猫を拾ってきたというほうが正しいように思えた。
とりあえず風呂を
風呂から上がり、紅茶とビスケットを出すと、少女は貪るように喰らい尽くし、首を
見たところ日本人には見えないが、明奈は日本語で少女に名前を訊ねてみた。
「あんずよー」
ぶっきらぼうに少女が答える。違和感を感じて再度訊ねると、少女は明奈の目を見つめながら、ゆっくりと声を上げた。
「アン・ズヨー。名前」
日本語のあんずではなく、アン・ズヨーという名なのだろう。とりあえず、日本語での意思の
空腹が満たされたせいで眠くなったのか、あんずは大きなあくびをし、襖を開けて隣室で寝ている父の布団に潜り込んだ。
眠っている父の背に自分の小さな背をくっつけて身を
「警察には行きたくないといってる」
「誰かが捜しているかもしれないよ。ご両親とか」
もしそうなら大変なことになる。下手をしたら
「嫌なのです」
スプーンでご飯を
「あんずは悪い人に
だったら
「知らないお母さんが来るのです。あんずのお母さんだって嘘を
以前逃げ出したとき警察に保護してもらったのだが、母親を名乗る赤の他人が現れ、連れ戻されてしまったという。
それでも警察に届けるべきだと明奈は思う。事情を話し、迎えにくるのが実の親かどうか確認してくれと念を押しておけば、そうそう簡単には他人に子供を渡すわけがない。
「おそらく捜索願を出してるんだろうな。きちんと整った書類を持つ自称母親が、目に涙浮かべて
多くは語らないが、父は元やくざだ。明奈が物心ついた頃には完全に足を洗っていたらしいが、背中には派手な入れ墨がある。裏の世界については多少の知識を持ち合わせているのかもしれない。
だからといって身寄りのない少女をいつまでも住まわせていることもできない。それに、あんずを捜しているという悪い人がいつ現れるか知れたものではない。
「なにか方法を考える。それまでは、そうだな。腹違いの妹ってことにしといてくれ」
そういうと父は、夜の仕事に出かけてしまった。
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