第21話  過去

 二日間の取り調べの後、南条の不起訴ふきそが決まった。


 南条の容疑はコンビニ強盗だったが、南条に強盗を働く意思はなかった。包丁を持っていたのも、誰かを傷つけるためでなく、明奈へプレゼントとして渡すつもりだったからだという。

 奈緒も真庭もこれに関しては信じていなかったが、武装強盗団を捕まえたという手柄を考慮こうりょして、目をつむることにしていた。

 

 二日間を留置場で過ごし、南条は釈放された。同じ留置場に入っていたやくざ者と窃盗犯せっとうはんは、南条の釈放を心から喜んでいたという。留置場担当の警察官もまた、南条が出ていくことを喜びつつも、会えなくなるのをさみしがっていた。


 南条は触れ合うものをことごとく魅了していく。それは南条に助けられた奈緒が一番よく知っていた。心のすさんだ犯罪者たちでさえ、南条に魅了されてしまうのは、南条の態度がきわめて自然だからだ。


 南条は誰に対しても興味を持ち、出会えたことを喜び、友であるという。本当に光の勇者がいるとするなら、確かにそれは南条のような男であるべきだろう。



 だが南条には、奈緒が知らない側面そくめんがあった。


 南条民人なんじょうみんとは埼玉県出身の25歳だった。身寄りはなく、高校を卒業するまでを施設で過ごしている。

 成績は悪くはなかったが、身寄りのない南条には進学する術がなかったようで、卒業と同時に都内の印刷工場に就職していた。


 仕事ぶりはまじめだったが、酒癖しゅへきが悪く、過去に数回、喧嘩や迷惑行為で拘留こうりゅうされている。

 酔ったまま出社したせいで会社を自主退職したあとは、日雇いや短期のバイトで食いつないでいたらしい。 

 金にも汚く、会社やバイト先の同僚や知人からの評価は最悪で、借金を踏み倒されたという被害者は十数人に渡った。


 現住所であるメゾン・ド・ビトーでも、夜中の騒音やごみ捨てのルールをめぐってアパートの住人たちとのいさかいが絶えないらしい。三カ月滞納している家賃が原因で、大家は今月をもって部屋からの立ち退きを宣言していた。当然警察沙汰も多く、地元警察の安全課では住民トラブルの常習者として知られていた。


 奈緒が調べた南条民人は、社会の底辺に住む、粗暴そぼうで卑屈な若者だった。遅かれ早かれ何等かの犯罪に手を染め、警察の厄介になるのは時間の問題としかいいようのない若い男と、奈緒の知る、ちょっとずれてはいるが魅力的な若者が同一人物であるとは思えない。


 南条の言う、光の勇者が南条民人の体に入り込んだという説も、あながち嘘とは思えない。


「酒のせいじゃねぇのか?」


 奈緒と同じように、南条に魅入られた真庭はそう言った。


「アルコール中毒の幻覚症状でよ、自分を光の勇者だと思いこんじまった。別人格は光の勇者様だからよ、そりゃあ高貴なお方ってわけだ」


 つまり全ては南条の芝居だということか。アルコール中毒の幻覚が作り出す妄想は、南条自身さえもあざむいているのかもしれない。


 だがどうしても、それだけでは納得のいかないことがあった。そしてその疑問は、真庭自身も感じているはずだ 。


「ただのアル中が、SATの隊員を倒せるものなのかしら?」


「それな。やられちまったおれがいうのも変だけどよ、相手を無力化することに関しちゃ、おれ達はプロだ。それがあの有様よ。おれ達が弱いわけじゃねぇ。兄ちゃんが強いんだ」


「でも、格闘ではあなたにかなわないって彼自身がいってたじゃない」


「ありゃあ謙遜けんそんよ」


「謙遜?」


「謙遜というか、解釈の違いっていったほうがいい。つまりな」


真庭の顔つきが厳しくなる。多分真庭は、言いたくないことを口に出そうとしている。


「奴はおれを無傷で倒せる自信が無かったのさ。ガチでりあったなら、どちらかが死ぬか、どえらいダメージを受けるハメになったろうな。そしてそれは、多分おれの方だ」


近接戦闘に関していうなら、真庭は警視庁管内最強だ。その真庭をして勝てないと言わしめる男が、ただのアル中であるはずが無い。


ない話なら、わたしもひとつ持ってるんだけれど、聞きたい?」


 真庭が頷く。ふざけた態度が鼻につくが、捜査官としてのスキルを問うなら、奈緒は真庭に及ばない。


「南条民人の、南条民人と思われる男の画像写真。あのコンビニには毎日来てたらしいから、店長に頼んで防犯カメラの画像を切り出してもらったの」


 奈緒が差し出した写真を手に取った真庭が呻きを上げる。


「誰だ、こいつは?いや、同一人物なんだろうが、こりゃあ何カ月前の写真だ?」


「事件の前日、午後8時の映像よ。それから約18時間後、彼は同じ場所に戻ってくる。鍛え抜かれたアポロンのような肉体を持つ、光の勇者としてね」


「在り得ねぇ。どうなってるんだ、こりゃあ」


 真庭の手から落ちた写真には、ミイラのようにやせ細った南条の姿が写っていた。

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