第19話 解剖
屋上から社長室へ戻るには、一般社員が乗るエレベーターに乗らなければならなかった。社長は屋上などに用はないと決めつけているのか、役員専用のエレベーターでは、屋上へ行くことはできない。
最上階は社員用ダイニングだった。昼をいくらか過ぎていたせいで、利用者は少なかったが、社員たちはミカを見ると立ち上がり硬直した。女子社員の中には、ミカをみて
「どうしようかな、あの男。
「あの・・・・・」
「すみません、社長。何階へいかれますか?」
「25階へ、お願いします」
「かしこまりました」
女の細い指が、25階を押す。女の行く先は19階らしい。
「
「そうですよね。
女がミカに
「ただね」
女を見つめるミカの眼が紫色に輝いた。女の顔が恐怖に引き
「油断したとはいえ、人間ごときに驚かされたのは気分が悪い」
紫の眼に
「今日はもう帰れ。そして、最初に目にした電車に飛び込こんで死ね。わかったな?」
女がゆっくりと頷く。
「
エレベーターの扉が開く。25階には社長室だけでなく秘書室もある。開いたエレベーターの先にいた秘書たちが、降りて来たミカを見て頭を下げる。
「話ができて楽しかった。元気でね」
ミカは女に手を振り、エレベーターから降りた。女はおずおずと頭を下げると、入れ替わりに乗り込んだ秘書たちに
ミカは目を閉じた。
「失礼だけど、あなた。城山社長とどういうご関係?」
最初に声をかけたのは、秘書長の安藤聖子だった。無能だが、立場を利用したパワハラには目を
「今、エレベーターの中で話しかけられて、それだけです」
「ふーん、そう。あなた、どこの課?」
「営業推進の、小山、
ミカは目を開き、くだらない論争から身を引いた。再び目を閉じ、別の回路にアクセスする。
警官共が大挙して押しかけていた。焼けたアスファルトに、銃撃で穴だらけになった覆面パトが
中年男は両手を拘束され、護送車に向かっていた。左右には無表情なSATの隊員がついている。
中年男の視線を動かすと、例の男が見えた。まだ若い。20代半ばだろう。縞模様の半纏に半ズボンというみすぼらしい格好だが、立ち居振る舞いは堂々としたもので、それが違和感を
ミカは男の顔を
男の視線がこちらを向いた。男の目がミカを見ている。
「きみは何者だ?その男の中で何をしている?」
男が近づいてきて訊ねた。驚いた拍子に、眼を開けて回路を切ってしまった。
「びっくりだ。信じられない」
廊下の中央で立ち尽くしてしまった。あの男には、こちらの存在が見えていた。
「しゃ、社長、どうされました?」
だらしない体形を高級スーツで隠した取締役が近づいてきた。名前も知らない男だから、平の取締役だろう。
「うるさいな。お前もホームから飛び込むか?」
ミカの
「解剖決定だ。骨の
あの男の顔は覚えた。どこのだれかは知らないが、必ず見つけ出してやる。
社長室に向かって歩き出すと、だれもが道を開けた。いつもと同じようで、まったく異なる光景だった。30代前半にして一流企業の社長に就任した男に対する尊敬が道を開けさせているのではない。今、ミカを見る社員たちの顔に浮かんでいるのは、紛れもない恐怖だった。自分が今どんな顔をしているのか、ミカは知りたいとも思わなかった。
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