第10話 拘束

 隊員はいきなり動いた。前列の2名が、男に近づき制圧にかかる。後列の2名はMP5を手にしたまま動向を監視する。

 先頭の2名は、無抵抗の容疑者を無傷で確保することを前提ぜんていに動いた。そこに油断が生じた。

 両腕を拘束しようと背後に向かった隊員は前へ、正面から肩を掴んだ隊員は後ろへ、男が体を180度ひねっただけで、ふたりの隊員は宙を舞うように前後へ飛ばされた。

「なっ何だ?」

 モニターを見つめる真庭が叫ぶ。SATの隊員は選りすぐりの精鋭だ。体術ひとつとっても、一般の警察官とはレベルが異なる。町のケンカ自慢など相手にすらならないその精鋭せいえいが、体を捻るだけで毬のように飛ばされた。声を出さずにはいられない事態だった。

 後方の2名がMP5を構える。高性能の短機関銃サブマシンガンだが安全装置は掛けたままだった。狭いコンビニの店内で無手の相手に発砲はっぽうするリスクを考えれば当然の処置だったが、撃てない銃を構えていることは接近戦にいて不利に働いた。

 構えた銃ごと引き寄せられた隊員を払い腰のような技で床に叩きつけると、男は、安全装置を外し銃を構えなおしたもうひとりの首筋に強烈なラリアートを見舞った。不意を突かれた隊員の体が反転するほどの一撃だった。

「あの野郎っ」

 インカムをむしり取ると、真庭は指揮車の外へ飛び出した。コンビニの駐車場で待機する第2陣の部隊を押しのけ、コンビニの入口へ向かった。

「どこに行くつもりですか?」

 コンビニの入口をふさぐように、スーツ姿の女が立っていた。スーツの左上腕じょわん機捜きそうの腕章をつけている。

「機捜か。どけ」

 真庭の言葉にひるむ様子もなく、女が前に出る。

「どきません。ここでの指揮権はわたし達にあります」

「馬鹿な。機捜などになんの権利がある」

 言ってはみたが、女の言うことは正しい。機動捜査隊は管区内で発生した事件の初動捜査を担当する。事件発生から72時間は、機捜の捜査が優先される。

「方面本部の要請で我々は出動している。ここは俺たちが仕切る」

「SATが追っているのは、武装強盗だったはず。この件ではありません」

「あれだけ派手に踊ってるんだぞ。ほっとけるかよ」

 女の顔が近い。常時ならセクハラになるかもしれないほどの距離だが、女も引かない。

「容疑者は責任者と話がしたいといっていました。それを強引に拘束しようとしたから」

「話なんてありゃしないんだよ。ああいう奴にはな」

 気の強い女だった。一騎当千いっきとうせんのSAT隊員でさえ怯える真庭に対して一歩も引かない。

「貴様、階級は?」

 縦社会の威光いこうで引かせるしかなかった。女を力で抑え込むわけにはいかない。

「警部です。第三機捜所属、川窪かわくぼ奈緒なおといいます」

 女の言葉に、真庭はひるんだ。眼前の女はどう見ても20代半ばにしか見えない。この若さで警部だとするなら。

「キャリア様かよ」

「関係ありません」

「そうだよな。今はそんなこと言ってる場合じゃない」

 真庭は女の目を見た。

「上に報告するなら勝手にしろ。だが、このままでは引き下がれん」

「どうする気ですか?」

「おれがあいつを捕らえる。タイマンだよ」

「できるのですか?隊員4名を瞬時に無力化した男ですよ」

 真庭の顔を見た女が一歩後退した。女の表情が強張こわばっているのを見て、真庭は自分が笑っていることに気付いた。

「できなければ、あんたがやつと話をすればいい」

 気圧けおされた女がさらに後退する。真庭はヘルメットを脱ぎ捨てると、店の中に足を踏み入れた。


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