第59話 先生の初めてのステージ
私が初めて人前でステージに立ったのは11歳の夏。
春にストリートダンスを始めて約3か月、私の人生初ステージは路上の夏祭りだった。
そして、先生としての初ステージは22歳の夏だった。
自分の初ステージからざっと100以上の場数は踏んできたけど、先生としての初ステージは味わったことのない妙な緊張感があった。
クラスの生徒たちは私をエコ先生と呼んだ。
なぜそうなったのか。
年上の子たちがあだ名をつけたいと言って、たちまちエコ先生に定着した。人生で私をエコ先生と呼ぶのは今後もきっとあの子たちだけだろう。
小学生のクラスで、たまたま全員が女の子だった。
今まで自分のチームの振り付けや選曲、衣装、演出などなど、そのイベントごとに合わせて作品を作ってきたけど、生徒たちの作品となるとわけが違う。
子どもたちがステージの上に立った時を想像して、ベストの作品を作ること。
私はとてもワクワクして作品作りをした。
その初イベントは、地域の夏祭りのイベントで野外の会場だった。
選曲は、平井大さんの「OHANA」という曲を選んだ。これだ!聞いたときに一瞬でイメージがわいた。
振り付けもできるだけ分かりやすく大きなものにして遠くから見たお客さんにも見えるようにした。
子どもたちの意見をできるだけ取り入れたかったので、自由な部分を作ると
「えー自由って何?」
「わかんないー」とあーだこーだ最初は言っていたものの
どうやって入場しようかなど、子どもたちの話し合いが始まった。
それが楽しそうで、見ているだけでうれしい時間だった。
表現者として、ステージに立っている瞬間、誰かに見てもらえる瞬間が何より幸せだけど。作品を作っている時間という、途中の過程がとてもとても楽しいのだ。
本番はたったの数分。
だけど、その数分のために何時間も練習して、何か月も準備する。
その一瞬を幸せな時間にするために。
振り付けが出来上がって、本番まで何度も躍り込む時間。
それがとても大事だけど、子どもたちは同じことを何度も練習するので飽きてしまう。
半分ずつグループで踊ってみたり、全員で向かい合って踊ってみたり、お互いを笑わせ合うことを目的にして踊ったり、ただただ曲を流して走ったり歌ったり。
いろんな方法で躍り込みをした。
衣装を決めて、だんだんと本番に近づくと子どもたちのテンションも上がってくる。
実際に衣装を着て踊ってみると、突然恥ずかしがってしまったり。
大まかな衣装は私が決めて、他は自由にした。
衣装に合わせて、どんな髪型でもいいし、アクセサリーや小物をつけてもいいし、好きなように決めてきて。
そうすると、いろんな子が出てきた。
差が出るのは当然だ。ママが一生懸命かどうかも子どもの場合は差が出てくる。
「こういう風にしたいけど、どうしたらいいか分からないっていう相談もしてね」
そう言って、レッスンの前や後にひとりひとりと話すと、本当にひとりひとり個性があって話せば話すほど、「こうしたらいんじゃないか」「こんなのはどうか」という話が出来る。
踊り方、表情や、衣装やいろんなことについて話し、さらには学校の授業の話から宿題の話、家族と旅行した話から、時には恋の相談もあった。
そんな時間を共有することで、作品もよくなるし子どもたち同士、子どもたちと私の関係も変わって、それがステージに立った時に雰囲気に出てくる。
ダンスを教えているけど、ダンス以外の時間がダンスの表情にも現れてくる。
その変化を見られるのが先生として嬉しいことこの上ない。
ストリートダンスを始めたころ、私もそうだった。
英語の曲がなんとなくかっこいい。
私もそう思って、先生に毎回、曲名やアーティスト名を聞いては音楽を探していた。
子どもたちも私が持っていく曲に毎回、反応を示してくれた。
ストレッチやアップの時間はいろんな音楽をかけて、そのリズムを体で刻む。
私自身その時間がとても好きなので子どもたちが反応してくれることは嬉しいことだった。
そこで、本番で使う曲に関しては歌詞カードを作った。
手書きで英語の歌詞、日本語の意味、ひらがなでふりがな(一年生がいたため)も書いて、みんなへのメッセージを紙に書いて渡した。
とてもアナログだけど、あえてのアナログが印象に残るかと。
何となく英語の曲はかっこいい。それが理由でいい。
その次に、自分の踊る曲はどんなこと言っているんだろうと思ってほしいというのが私の想いだ。
「なにこれー英語分かんないー」紙を見た途端、予想通り子どもたちはワーワーとなる。
「英語分かんなくていいし、覚えなくていいよ。この曲、こんな歌詞なんだへぇーって思ってくれればそれでいい。踊るときにちょっとでも歌いながら踊れたらもっと良くなるかもねぇ~~」
そうやって子どもたちには歌詞カードを渡した。
びっくりしたのはその次の週のレッスンで
「エビバディ セイ ラララ~」と日本語英語で歌いながら、子どもたちが現れたことだ。
子どもの吸収力はすんごい。
親にユーチューブで見せてもらったり、CDを聞いたりしながら歌詞を見て練習したというのだ。
「すごいじゃん!歌えてる!練習したの?」
みんなニヤニヤと恥ずかしそうに笑っていた。
それからはみんなで歌いながら踊りながら笑いながら、なんともにぎやかな(うるさくて警備員さんが来ちゃったくらい)レッスンになり、警備員さんに謝りながら楽しくレッスンを終えた。
そして、本番当日、お互いを励まし合いながら円陣を組んで、ステージに向かった。
私にはもう見送ることしかできなくて、客席の一番後ろに立ちみんなを見守った。
緊張してるのがひしひしと伝わってきたけど、笑顔を見せながら堂々とステージに立っている姿はとても素敵だった。
感動して泣きそうになるのをこらえながら、みんながステージの上から送ってくる視線に笑顔で頷いた。
大丈夫。楽しんで。
あっという間の数分だったけど、この数分で子どもたちはたくさんの経験と自信を手に入れたようだ。
ステージから降りると緊張が解けたのか、いつものレッスンのようにおしゃべりになった。
あーだった、こうだった、その気持ちを伝えてくれることが私にとっては大きな意味を持った。
レッスンの時は、おしゃべりが止まらなかったり、遊び始めたり、ケンカが始まったり、機嫌が悪かったり、やる気がなかったり、そのたびに怒って話し合いをして、疲れ切った日もあったけど。
子どもたちの笑顔を見るとすぐに、あーみんなと向き合ってきて良かった。
自分のクラスを持つことが出来て良かった。
そう思わせてくれた。
この経験が私を大きく成長させてくれたのは間違いない。
表現者として、ダンサーとして、先生として、先輩として、大人として、人として
たくさんのものを、みんなから教えてもらった。
あの子たちは、今頃高校生とか大学生になっているのか。
元気かな。楽しんでいるかな。
今でも思い出すのはみんなの笑顔だ。
終
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