第10話 日本で日本語が通じない場所

日本語教師をしていた時のことだ。


日本語教師とは、外国人に日本語を教える仕事。

誤解されがちなのは、「じゃあ英語ペラペラなんだ!」

と日本人によく言われる。


私は全然ペラペラじゃない。



外国人=英語

そうすぐに考えがちだけど、それは日本にいるからだ。


外国人がみんな英語ができると思ったら大間違い。

むしろ日本語学校では英語が分からない人が半分以上いた。


ということは、日本語の授業はどうするかというと

日本語のみだ。



日本に来てすぐの人は「あいうえお」から始める。

それでも、日本語のみで授業を行う。


最初は身振り手振り、絵をかいたり、もう必死だ。


それもあってか、クラスは多国籍だけど理解しようと先生も学生もお互い必死になるので何となく団結力がうまれる。


そのうえ私は絵が下手だから、説明もなかなか難しい。

それでも絵が下手なことで学生が笑ってくれるからいい。


日本地図をおおざっぱに急いでかいたときに

「先生、バナナですか?」と言われたときはがっかりしたが、笑いはとれた(笑)



ベトナム、中国の学生が多かったが、インドネシア、ネパール、スリランカ、インド、アメリカ、ロシア、フランス、モンゴル、マレーシア、ミャンマーなど国はいろいろだ。



日本にいながら、日本語が通じず、日本人がひとりしかいない部屋でカルチャーショックをうける。


仕事といえども、とても貴重な体験。



引っ越しを理由に6年近く続けた日本語学校を辞めた。引っ越し先で日本語教師を続けるつもりでいたが、世の中の状況と自分の状況と、今まだ始められずにいる。



辞めてから、私はこの仕事が好きだったんだなぁとしみじみ思った。

人は離れて本当の気持ちに気付くというのは、こういうことか。



みんなと教室でワイワイしながら勉強をして、話して、笑って、見送って。


そんな日々が恋しい。



そんな日々の中で思い出すがノートだ。


クラスでは宿題を毎日出していた。日本語を書くことを習慣にするためだ。


私も毎日クラス全員分のノートチェックは時間的に厳しかったが、みんなが頑張って続けているので頑張るほかない。

3クラスもっているときは毎日90冊。笑



そこで何が面白いかって、すごくスパイシーなノートが1冊あった。

ネパールの男子学生だったが、カレーのようなスパイスの香りがノートからするのだ。

しかも毎回。


おかげで?彼のノートは名前を見なくてもチェックをしながら分かる。

どうしたらこんなにノートに香りがつくのだろう。

不思議だった。


彼はやはりカレーが好きという話をしていた。


入学当初「どうして日本は、インド・ネパールカレーというお店が多いんですか。ネパールのカレーとインドのカレーは全然違う。」

とちょっと怒って聞いてきたことがある。


「日本のカレーは全然違うよね。日本人は詳しくないからインドとネパールのカレーが一緒になっちゃったんだね。あなたの国で食べるカレーを教えて。」


そんな会話をした。

2年後、卒業式の後、彼はクラスメイトのパーティーに私も招待してくれた。



「私の友達のレストランです。」お店にはネパール料理と書いてあった。


彼はあの時話したことを覚えていてくれたのか、メニューを説明してくれて私は彼のオススメを食べた。

全然辛くなく豆がたくさん入っていて、ナンもチーズたっぷりでとても美味しかった。


ネパール以外の国のクラスメイトも集まっていて

「すごくおいしい。」私はみんなと一緒に何種類ものカレーを食べた。


「先生は初めてだから、スプーンで食べていいよ。手で食べるのは難しいから。」

彼の嬉しそうな顔を今でも覚えている。


カレーの後はお店を貸し切っていたため、お店にBGMをリクエストして、ネパールの音楽というのを流し、みんなで踊った。


踊り方はみんな分からないけど、いろんな国の人が集まって一緒にご飯を食べて一緒に踊って、一緒に笑って。

それでいい。とても思い出深いパーティーだった。



帰国したのだろうか。元気でやっているだろうか。


今も彼のノートはスパイスの香りがするだろうか。



終。




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