ゆるりじわりほろり人間観察日記。
葉月 心海
第1話 カブトムシおじさん
「おじさん、今年カブトムシいる?」
私の2階の部屋まで聞こえてきた声は、小学校低学年の子供たち3人だった。
彼女たちの言う「おじさん」は私の父である。
「今日はおじさんいないから、また今度ね。」
母がベランダから、家の前の道にいる彼女たちに言っているのを私は聞いていた。
そう、私の父はカブトムシおじさんだ。
というのも、父は毎年夏になるとあらゆるところからやって来るカブトムシを一時的に飼っている。
どうやら、夜に家の近くにある大きな木の下に、スイカやメロンの皮を置いて仕掛けを作っているらしい。
風のないムシムシした暑い夜の翌朝は、びっくりするほどカブトムシが集まっている。
見るとカブトムシは樽いっぱいにいる。樽というのは、田舎で漬物などをつける時に使うもので、大人ひとり、子どもなら2、3人は入れるくらいの大きさの入れ物である。
カブトムシは数匹で見るからカブトムシなのであり、数十匹いるともはやカブトムシに見えない。黒いテカテカした物体とブォーンという羽音。
虫が苦手な私には「無理。」としか言いようがない。
そんなこんなで父はカブトムシを夏限定で飼い始めて数年経つ。
「今年も始まったね。」私と母は、父が楽しそうに昆虫ゼリーを持ってご飯をあげにいくのを毎年見守っている・・・。
「今日ね、子どもたちが今年もカブトムシいるか?って家に来てたよ。」
仕事から帰ってきた父に私は報告した。
「去年、カブトムシ持っていった子かな。」
「3人来たよ。小学生の間で口コミになってるんじゃない?」
「今年もいっぱいいるからな。そのうちまた来るかな。」
そう言って、父は笑っていた。
家のまわりは森のように緑がいっぱいだ。
夏休みになると虫かごを持って歩く親子をちょいちょい見かける。
しかし残念なことに昼間にカブトムシを見つけるのはすごく難しい。
そんな親子を見つけると、父は捕まえたカブトムシをあげていた。
そしてその子たちが、次の年の夏になると「おじさん!」とやってくるのである。
何とも微笑ましい。
令和の時代とは思えない。
いつの時代も、カブトムシは夏休みの人気者だ。
「ちょっと見てよ。」
父はちょいちょい、私にカブトムシを見せようとする。
強っ!
カブトムシの喧嘩はすごい。角で相手を持ち上げてしまう。
そして、喧嘩しなくてもご飯はたくさんあるのに、喧嘩する。きっと誰が一番強いか、カブトムシの世界にもランキングがあるのだろう。
虫嫌いな私も、カブトムシの喧嘩には感心した。
すごいなぁ。これが強いものが生き残るということか。
今年も暑い夏が終わろうとしている。
父の生き物係も、終わりのようだ。
8月末、カブトムシを逃がした。
ご飯があることを知っているからなかなか出ていかないカブトムシもいる。
そりゃ、昆虫ゼリーは美味しいんだろうな。
何歳になっても少年のようにカブトムシを捕まえている父。
そんな父を見るのがおもしろい。
カブトムシおじさん。私は好きだ。
来年の夏もきっとカブトムシおじさんに会えるだろう。
終。
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