第35話 いじめた者が、行き着く先
「……八坂くん、それに草薙。久しぶり」
下校の時刻、校門の場所。
俺とりっちゃんに、他校生の待ち人があった。
それは、りっちゃんをイジメた主犯格──
教室で絶縁宣言をさせられていた時に見張っていた女子。
それも、コイツらしい。
りっちゃんに再会したとき、全ての事情を教えてもらった。
「今さらなんの用?」
その時に改めて当時の人間関係を把握したお陰か、久しぶりでの再会にもすぐにその正体を察せた。
りっちゃんを背中に隠し、橋本玲奈へドライに問う。
すでに俺はことの
俺は大体の人にここまでの態度を取ることはない。
だが、こいつに対してだけ、それは当てはまらない。
「お願いだから、そんな敵を見るような目で接しないで……。八坂くんも、男子はもちろん、女子には特に優しくなかったっけ? 理由は分かるけど、私も心から反省してるし、話を聞いてほしい……」
俺は確かに、一部の人にモラリストだとかフェミニストだと言われている。
だが、万人無差別にというわけじゃない。
人間だから当然だが、程度も限度もある。
一番気になるのは……とにもかくにも、りっちゃんだな。
背後を振り返ると──激情のたぐいは見られなかったが、その表情に一切の色はなかった。
さて、どうするか。
「りっちゃん。どうしたい? 俺は、りっちゃんの意思を尊重する。嫌ならそのまま無視して帰るし、話を聞くなら──悪いけど、心配だから俺も付き合わせてもらう」
もしも迷っているなら──いや、まだ助言や俺の意思を伝える段階じゃないな。
「反省、ね。いちおう、取っ組み合いのケンカは昔もうやったし……。話だっけ? いいよ。ただ、しょうもないことだったり嫌な話だったら、すぐ帰るから」
俺の言葉に対し、りっちゃんは平坦な口調で言う。彼女が俺の前で、ここまで冷淡な雰囲気を出すのも珍しい。
「ッ! ありがとう! ここじゃなんだから、どこか話のできるところ──喫茶店にでも入らない?」
かくして俺たちは、かつての仇敵とともに喫茶店に向かった。
そして飲み物の注文が出そろった後、橋本玲奈が話を切り出し始める。
「本当に今さらなんだけど……あの時はごめんなさい!!」
「………………」
りっちゃんは沈黙を保っている。
相変わらずその表情に温度はない。
なので、俺が代わりに話を進行することにした。
彼女が喋る時は交代しよう。
「りっちゃんがこんなだから、とりあえず俺が話すよ。俺自身は、直接的な実害を受けたわけじゃないけど、そこは
「……うん」
「で、謝りたいってことは分かったんだけど……橋本さんは何で今のタイミングで謝りに来たの?」
「それは……謝罪する勇気も今まで持てなかったし、ずっと草薙とは接触禁止って言われてて……」
「……ふうん? じゃあ今は勇気が出て、接触禁止とやらも解けたわけだ」
接触禁止なんて解けるものなのか、それとも何らかの事情があるのかは知らないが……疑念が生じる。
「う、うん」
「それだけ?」
「え?」
「今のタイミングで謝罪する理由はそれだけかって聞いてんの。もちろん、たまたま今のタイミングだっていうならそれでもいい。ただ……後で別の理由でも出てきたら、その時はもう話すらも聞かないから、そのつもりで」
「…………」
「こっちはこっちで話すこともあるし、よくよく考えてものを言ってね」
それだけ橋本玲奈に伝え、隣に座るりっちゃんへと語りかける。
「ごめんね、勝手に話を進めて。どうする? 話を代わるなら俺、発言を
「とりあえず……まだナオくんに、まかせたい」
りっちゃんがそういうなら、俺に是非はない。
「オーケー。そんなわけで俺は引き続き聞くってことで。で、答えは出た?」
「…………
「……ん? なんでノブの名前がここで出るの?」
「実は私、小学生の頃から橘くんが好きで……草薙をイジメてたのも、橘くんが目立ってた草薙を好きになるのが嫌だったから」
「……それで?」
「同じ学校で片想いをずっと続けてて……高校では分かれちゃったけど、それでも気持ちを捨て切れなくて。この前、勇気を出して告白しに行ったんだ」
「…………」
「そしたら、橘くん言ってた。『そうか……橋本の気持ちは嬉しいし、友達からなら始めていいけど……条件がある。尚哉と草薙の二人に昔のことを許してもらってきてくれ。俺は、俺の親友が許さないやつとは付き合えない』って」
「なるほどね」
なんだよノブ。お前、モテるんじゃないか。さすがは天性の保護者。迷惑なポリシーまで持ちやがって。しかもこんな時に限って、さりげに親友なんて言うとは……ツンデレかよ。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! あの時のことは心から反省してます! どうか、どうか許してください!!」
俺が相づちを打ったあと、橋本さんはテーブルに頭を打ち付ける勢いで謝罪の言葉を口にした。というか、実際に必死の形相で頭を打ち付けている。実に痛そうだ。
そうまでするほど、ノブのことが好きなのだろう。
「ノブがさ、『俺とりっちゃんから』ってことは、俺も答えを出さなきゃいけないの?」
「う、うん」
「そっか──りっちゃんの意見はまだ聞いてないけど、ここに至るまでの俺の結論、言おうか?」
穏やかな表情のまま話を
「──お願いします!」
「うん。論外だね」
「…………ぇ?」
ニコやかに返した返答は彼女の想定とは違ったらしい。
女の子には特に優しいだっけ? 表情も相まって、俺は許すと思っていたのだろう。
「いやいや、分かんない? お話にならない、って言ってんの。考えてもみなよ。何ごともなく、心から
「ヒッ!?」
っと、いかん。怖がらせちゃったか?
ともあれ……はあ。これは仕切り直しだな。
全くノブめ。親友じゃなければ【フロント・ネックチャンスリー】をお見舞いするところだ。
「ね、橋本さん」
「な、なに?」
「ちょっとさ、思うところがあって。いっぺん仕切り直させてもらってもいい? 後日、改めて場を
「…………ナオくんがそう言うなら」
そうして、その場はお開きになった。
そして夜、場所は俺の部屋。
俺はノブを呼び出していた。
実はこいつの家はかなり近いので、泊まりというワケではない。
「ノブゥ……呼び出された理由、わかってるね?」
指をポキポキと鳴らしながらノブに近寄る俺。
「ちょっ!! いきなりサブミッションはやめろよ!? 言いたいことは分かるが、事情! 事情があるんだって!!」
「なるほど、事情か。続けたまえ」
「なんか尚哉、キャラクター違くねえ」
「あ、最近新しい技を習得したんだけど試してみる?」
「それで事情のことだけどな」
ノブは後ずさりしながら自分の発言を誤魔化した。
「うん」
「どこから話したものかな……。ほら、俺らと尚哉が出会った時って、草薙をイジメてただろ?」
「ああ、あの
「万死!? お前、マジで草薙関連だと魔王みたいになるな……。で、
「まあ、そうだね」
「で、橋本の件なんだが……許す許されないはともかく、アイツも俺も、草薙をイジメたってことには変わりないわけだろ?」
「程度の差にもよるけどね。橋本さんは完全にボーダーラインを割っちゃってる」
「そこなんだよな。俺は草薙をイジメた。橋本も──俺らより酷いレベルでだが、草薙をイジメた。だから提案したんだ。『俺と同じように、草薙たちから許してもらうのが条件』だって。程度の差はあれ、結局は許すやつの度量次第。だから、俺はお前らに任せる。尚哉が断るなら橋本の話はなかったことにするし、もしも許せるなら──俺も人のことをいえた人間じゃないから、アイツの話を聞く」
「……は~~~……」
その主張を聞いて、俺は嘆息した。
「な、なんだよその溜め息。何かおかしいところでもあったか?」
「色々と言いたいことはあるんだけど、長くなるから一部だけ……。まずな、お前、人に選択を丸投げしすぎ。俺たちの意思を尊重したいってことなんだろうけど……ノブ、お前さ、分かってんの?」
さすがに厳しい話だと思ってるっていうのもあるんだろうけど。
「な、なにが」
「ノブ自身の意見だよ! 俺は、お前が俺たちにどうしてほしいのか未だに聞いてない。橋本さんを許してやってほしいのか、許さないでほしいのか、そもそも判断を下すことに関わりたくないのか。大体、そういう提案が出る時点で橋本さんのこと、少なくとも気になってるってことじゃないか」
さすがにそれが、人情からか好意からかどうかまでは聞かないが。
「!!」
「言いたいことがあるんだろ? 遠慮せず言いなよ。別にどういう答えを言ったからって、俺はノブと友達を
「はは、こんな時ですら草薙かよ。俺としては………………正直、許してやってほしい。あいつのした事は許されることじゃない。でも、俺も同じ穴のムジナだ。キッカケは俺だが、話を聞く限りあいつは本当に反省していた。もちろん決断はお前らの自由だが、もし飲み込めるなら……許してやってほしい」
「よし、なら許すか」
「──はっ?」
「だから、俺は橋本さんを許すって。ちなみに、俺がりっちゃんの答えを尊重するっていうのは、丸投げじゃないからね。迷ってるなら何か言おうとも思ったけど、彼女の中ではもう答えが出かけてると思う。現に、俺の意見は一切聞いてこなかったし」
「いや、そんな簡単に……いいのか?」
「普通は即却下だけど、他ならぬノブの頼みだからねえ。ああ、もちろん芯から反省してるのは大前提だよ。俺がイジメを受けた当事者じゃないからってのもあるかな、あ、でも、りっちゃんの出す答えは知らないよ? 許しを強要することもしないし、これから意見を求められれば聞きはするけど、彼女の本心が第一だから、そこは期待しないでね。そういう結論でいい?」
「ッ! ああ! 十分だ! ありがとうな、尚哉!」
「どうしたしまして。じゃあそういうことで、この話は終わりで。…………しかし」
「な、尚哉? まだなんかあんのか?」
「いつもツンデレっぽいノブが素直かつ殊勝に礼を言うのって、レアだなぁと」
「な!? 尚哉アァアア!」
シリアスな話に決着がついたので冗談を言ったら、ノブが襲いかかってきた。
もちろん秒速で返り討ちにしたのだった。
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