第11話 私の贖罪、一歩目(前編)

 現在、私はナオくんと待ち合わせをしている。


 彼が引っ越してから数年、この街も色々と様変さまがわりした。


 新しく出来た施設や建物にお店。ナオくんがいなくなったのは、そんな都市開発のちょうど節目の時だった。


 戻って以来、私や友達を始めとして色んな人と会話をするが、知らない名前が出て来るたび、新鮮そうな表情をしては驚いている。


 そんな彼の反応を見て私は思い付いた。


(これは……彼への贖罪しょくざいの第一歩として最適なのでは! ついでに奴隷として貢献もできる。まさに一石二鳥!)


 今は完全に許されちゃってるけど、我が身可愛さにナオくんを一度売ってしまったのは事実。私の、一生をかけて償いをする言葉に嘘は無い。確実に有言実行してみせる……!


 ということで、学校がお休みの日。街案内として、ていよく彼を誘い出す事に成功した。ちなみに誘った際の立ち位置は友達としてだ。恋人や奴隷として誘ってしまうと、恐らく彼は遠慮する。


 ナオくんは優しいので、罪悪感や償いからと見なされた提案は基本的に却下してくる。私としてはむしろ嬉しいから全然ウェルカムなのに、そこはイマイチ伝わらない。


 なので、当面は友人として取り繕いながら、心は奴隷のつもりで奉仕するつもりだ。まあ、それが無くても昔からナオくんに命令してもらうのは好きなんだけど。


 と、それはともかく今日の事だ。


 いつもの私なら、誘ったは良いものの具体的にどうして良いか分からず、ここで右往左往していたと思う。


 だが、今の私はそこいらの素人奴隷とは一線を画した存在。確かに素人には違いない。けれど、今回の下調べをしようと本屋に立ち寄った時……そこで私は素晴らしい本と出会ってしまった。これぞ運命。


 その名も──【愛の奴隷指南書~これであなたもモテカワ愛され奴隷~】


 まさに私がピンポイントで求めていた情報源。そのタイトルを見た瞬間、思わずガッツポーズをしてしまったほどだ。


 キャッチコピーは『彼に尽くしすぎるのが好き。命令してほしい、ご奉仕がしたくてたまらない。そんな深き業を背負ってしまったアナタへ』


 著者である【奴隷ゴッドポチ子先生】にはとても感銘を受けた。恐らく名のあるプロ奴隷なのだと思う。


 このバイブルに従えば成功間違いなし。そう確信した私は、これまでになく自信にみなぎり、張り切ってお出かけに臨むのだった。


 彼との待ち合わせは駅前の時計の下で、約束の時間は十一時。今の時刻はその時間より一時間半早い、九時半。


 愛の奴隷心得・待ち合わせ編……愛しのご主人様と待ち合わせをする場合、彼を決して待たせないようにしましょう。できる奴隷は健気さが大切。できれば一時間は早く来て待つこと!


 素晴らしい教訓だ。しかし、私はそのバイブルのさらに上を行く。そう、一時間前どころか──


「あ、りっちゃん。やっぱりいたか」


 ……え?


「ナオくん?」


 なんで待ち合わせより、こんなに早くナオくんが。


「うん、お待たせ。おはようございます」


「アッハイ。おはようございます。あの、なんでこんなに早く来ちゃったの?」


「それはこっちのセリフなんだけど。なんて言うんだろう……。りっちゃんの事だし、なんとなく二時間くらいは早く来てるんじゃないかなって」


 ──そんなっ、私の行動が読み切られてる……!? しかも、予想時刻までピンポイントに!?


「えっと。二時間早くって推測してたのに、一時間半前に来たのはどうして?」


「違ったら一度家に戻るつもりで見に来たんだけどね。もし予想が当たってたら多少は待ってもらった方が、満足感を得てもらえるというか。なんか最近、尽くしてくれた後の笑顔が一番輝いてるし……りっちゃん喜ぶかなと」


「!?」


 見抜かれてるどころか、これ私の方が気遣われてる!!

 もうナオくん! どれだけ紳士をすれば気が済むの!?


「ところでりっちゃん、今日はいつにも増して可愛いね。その服装もよく似合ってるし、なんか髪も毛先の方が少しフンワリしてるというか。もしかして美容院にも行った? うーん、もっと賞賛の限りを尽くしたいんだけど……。可愛すぎるのも罪だな、語彙ごいが消失しちゃった。朴念仁ぼくねんじんなのが悔やまれるよ」


「え、あ、う」


 なにこの流れ! この人、朴念仁とか本気で言ってるの!?


「りっちゃん?」


「べっ、別にできる奴隷として早く待ってたワケじゃないんだからねっ! ただの好意からだから、勘違いしないでよねっ!」


 テンパった私は訳の分からない事を口走っていた。しまった! 愛の奴隷心得・ツンデレ編は上級者向け。まだ未熟な今の私には早いというのに……!


「なにそれツンデレのつもり!? もはや隠せてないとかいうレベルじゃないんだけど! ──とにかく、もっと肩の力を抜いていこうよ」


「……お気遣いありがとうございます」


「あっ、急にシュンとなった」


「──うん! よし、もう大丈夫だから」


 ここは心機一転。落ち込んでしまうなど言語道断。ナオくんに負担をかけるだなんて、本末転倒すぎる。


「良かった。てっきりまた妙な教本や情報でもゲットして、それを忠実に実行するかもなんて少し心配してたんだよ」


 !?


「ど、どうしてそう思ったのカナ?」


「一言でいうと過去からの経験則。【りっちゃんバレンタイン遭難事件】とか、それはもう……色々あったし。頑張り屋なのは分かるんだけど、毎度、『よくそんな所から、そんな解釈で見つけてくるな』ってくらい変な情報仕入れてくるからなぁ」


「…………」


「えっ、なんで無言なの? でもここ最近は、りっちゃんママからウェブ検索は封印されてるハズ。お友達っていう【ちーちゃん】からの助言も待ったをかけてる状態だし……。まさか、何らかの本をゲットした……? いや、消去法で考えるなら仕入れ先は本屋か図書館のみ。異世界じゃあるまいし、常識的に考えて、この現代に奴隷の教本なんか存在するわけがない」


 いつもは変な連想や推理を披露してくるのに。なんでこういう時だけ急所を突くかのように鋭いんだろう?


「ナオくんもカッコいいよそろそろ移動しない?」


「そうだね、いつまでもここで話してるのもなんだし。まるで誤魔化したかのように、一気にセリフ棒読みしたのが気になるけど……。まぁ行こうか」


 …………【奴隷ゴッドポチ子先生】の本の存在は、乙女の秘密ということで隠しておこう。もしナオくんに見つかったら『こんな本、焚書ふんしょしてやる!』くらい言い出しかねない。


 さすがは私のナオくん、手強い。でも……今日は使命を全うしてみせる。負けられない戦いというのもあるのだ……!


 そう決意した私は、グッと握りこぶしを握るのだった。

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