インターミッション・孤独な竜 中編
「あ、申し遅れました。ぼくは帝都の大学で対気物理学の教室の助手をしている、ムグスカ・ベステルと申します」
『はあ。あ、わたし一部で有名な暗素界の紅竜、コルセアともーします。よしなに』
「存じ上げています」
わたしを見つけてぼーぜんとしていた青年は、飛び立つのを止めてやっぱり映えーな着地をかましたわたしを遠くから見つめていたけれど、そのまんま遠目で見つめ合っているのも据わりが悪かったので、爪の生えた指で「こっちゃ来ない?」と誘ったらふらふらと近付いて来た。
で、寒いところで立ち話もなんだからと、今し方出てきた自作の洞窟に招いて自己紹介なんかをしたのだけれど、よくよく考えたらこおんなデッカいトカゲに誘われるままにホイホイついてくるこのヒト、大丈夫なの?
「……実は、かつて帝都に住まっていたという、暗素界の竜の記録を読みまして。いつかこの目で見てみたいとずっと探し回っていたんです。それが今日この日、ついに出会えるとは……しかもお話しまで出来るとは感激しています!」
『あ、そう。こっちも人間と話しするなんて何年かぶりで要領も忘れてるから、あんま気にしないで。ところであんた、何か食べるもの持ってない?』
「食べるもの、ですか?ええと……冬山登山めいたことになったので、保存の利く干し肉や干した果物くらいなら……いります?」
『……んや、いい』
人間との会話、ってものを嗜む一つの手かな、とも思ったけれど、食卓を囲んで賑わう、って雰囲気にもなりそーになかった。わたし何がしたいんだろーなあ。
『ま、出かけようとしたところに不意の来客じゃ、そんなにもてなしも出来ないけど。それでよければゆっくりしていってよ。わたしは横になってるからさ』
「あの、ご迷惑でなければお話を聞かせてもらえませんか?」
『話ぃ?わたしに見も知らぬ人間相手に出来るよーな話なんか無いわよ』
美味いごはんでもありゃ話は別だけどさ、このムグスカとかいう青年はそーいうことに拘りを持っていそうなタイプにゃ見えない。むしろメシも忘れて研究に没頭しそーな手合いだ………なんか誰かを思い出させるなあ。
「いえ、そもそもあなたに会いに来た理由が理由ですので。ぼくは対気物理学の揺動効果について現在研究しているのですが、その件についてご教示願いたいと思ってやってきたんです」
『ようどうこうか?ナニソレ?』
「ご存じ無いのですか?」
バカにしたようでなく本気で驚いた風なムグスカ。ていうかこっちにとっちゃ当たり前にやってることを、対気物理学の学者は七面倒くさい名前つけたがるんだもん。帝都にいた頃そーゆー手合いには結構うんざりさせられたもんだよ。
その後、ムグスカの方が一方的に知りたいこととやらを訊いてきて、わたしはテキトーに嘘だけはつかない程度に相手してやっていたが、それでもこの学者センセには大変参考になる話らしく、目を輝かせてメモをとって、もっと話を聞かせろ聞かせろとせがんでくる。
なんかわたし、子供を寝かしつけるつもりで話をしたら続きをせがまれる母親みたいねー、だなんて苦笑しながら言ったら、流石にそれには恥じ入るものがあったらしく、洞窟の外が薄暗くなる頃には話疲れもあってか、ようやく大人しくなっていた。
『………ん、ちょっと外から枯れ木でも集めてきてよ。火、欲しいでしょ?』
「枯れ木ですか?雪で湿っていると思いますけれど……」
『わたしを何だと思ってるの。こちとら火を自在に操る紅竜さまよ?』
納得した顔になったムグスカは、悪い印象を覚えない微笑を浮かべ、外に出て行った。
……まあ、なんてーか、悪い印象が無い、っていうのはさ、話しているうちに気がついたんだけどバスカール先生を思い出させる言動だから、なんだろーなー。
先生とはお嬢さまとネアスが高等部を卒業した後も交流があった。もちろん、わたしを通じて研究を進めたい、っていう意図はあったのだけど、ネアスがわたしたちの元を去ってから、彼女の動向を共有出来る数少ない友人でもあったからだ。
ただ、数年経つとその研究者としての能力を買われて帝国軍部の上層部に乞われてそちらの筋に進み、居場所が居場所だけにおいそれと関わりも持てなくなって、お嬢さまが亡くなる数年前に遠くで重い病気に難儀している、って手紙が届いたのを最後に、便りも無くなった。
結局最後まで研究一筋な人だったと思う。奥さんとかいたのかな、ってお嬢さまと話をしたけれど、二人揃って「全く想像が出来ない」って笑い話にしたのが思い出と言えば思い出だ。
……バナードはどうしたのか、っていうと。
実は先生やネアスよりも、交流は長く続いた。
彼は何だかんだ言っても帝都でも裕福な方に入る商人の息子で(高等部の頃、あんまりお金に恵まれているように見えなかったのは、実家の方針で仕送りもギリギリしか送られてなかったかららしい)、その関係でブリガーナ家とも付き合いはあったし、個人的な繋がりから、彼が後を継いだラッシュ家とブリガーナ伯爵家は誼を通じた、というわけだ。
ただそんな彼をしてもネアスの動向は掴めず、わたしはパレットに現実を突き付けられるまで、その頃既にネアスは亡くなっていただなんて知ることも無かったんだけれどね……。
「集めて来ましたよ、コルセアさん」
『はいよ。そこに置いてちょっと下がって』
「分かりました」
興味深げに、わたしが何をするのか見守るムグスカ。そんな視線を受けると、ちょっとはサービスしてしまいたくなり、わたしはおーぐち開けて全力の火炎を……吐いたらムグスカは炭も残らない。
なので、爪の先にちょっと灯した火を集めてもらった湿った枯れ木に近づける。それだけじゃ火は点かないので、乾いた息を吐きかけて乾かしつつ火の勢いを煽る。すると、ほどなく枯れ木は着火してちゃんとした焚き火になった。
「……手際がいいですね」
『こんなこと、人間がいる時でもないとしないんだけどね。あんた、これからどうするの?』
「そうですね……一晩世話になっても良いでしょうか?」
『そりゃ構わないけど……わたしの同宿は高くつくわよ?』
「対価の用意はしてありますよ。これでも帝国から支援を受ける身ですし」
わたしの言いたいことはそーゆーことじゃないんだけどなあ。わたし、地球産のドラゴンと違って金目のものを溜め込む趣味も無いんだし。
まあでもいいか。支払うつもりがあるってんなら邪険にすることもないよね。
火の温もりは時に人を雄弁にもし、静かにもする。この場合は後者だったようで、ムグスカはあぐら姿で肩から毛布を引っ被り、時折火の回った木切れがはぜる焚き火を眺めながら、じっとしているのだった。
外は……幸い吹雪く様子もないけれど、青颯期の夜風は身に染みる。最悪凍死なんてこともありうるわけだから、わたしはちょっと体の位置を変えて洞窟の入り口からムグスカを隠すようにした。
「ありがとうございます」
『どうしたしまして』
そんなわたしの意図は彼にも通じたみたい。穏やかに笑ってそう礼を述べる顔に、やっぱりバスカール先生の面影を見てとってしまう。若い向こう見ずな研究者って、みんなこーいう顔になるのかしら……っていうか、無邪気なオタク気質みたいなもんかなあ。わたしもオタだったから、分からないでもない。
で、あとは特に何も話はなかった。
ムグスカは相変わらず火を眺めて考え事をしてたし、わたしは特にやることもなく地べたに伏せてるだけだし。
でも、そんな時間は長くは続かなかった。
寝てしまったのかな、と思って火の調節をしようと体を起こしたわたしを、ムグスカは目を開けて見上げると、異な事を言い出したのだ。
「……コルセアさん。また、人の間で暮らしたいと、思いませんか?」
……不意に、胸の辺りがざわついた気がした。
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